OLエッチ体験談その3


「着替えるからそこで待ってて」
 佐久間クンの胸で泣くだけ泣いて少し落ちつきを取り戻した私は、思い出したようにあわてて彼の背中に回していた手を離してからそう言った。
 本当なら佐久間クンを帰して一人になりたいはずだった。でも何故か一人になる事に抵抗があった。それは少なくとも寂しさや心細さ、愛しさといった感情の類ではなかった。
 私はちょっとためらってから、バスルームに向かった。たとえこれ以上ない屈辱的な失禁を見られてしまった相手であっても、その真ん前で濡れた服を脱ぐような真似は私にはできない。
 濡れたパンストで床に足跡が付くのを気にしながら、それでも精いっぱいの爪先立ちでバスルームに入って扉を閉めると、うつむきながらスカートのファスナーに手をかけた。
 すでにホックが壊れて取れてしまっているスカートは、ファスナーを降ろすだけで何もしなくても濡れた重みで足元に落ちた。漏らした時に中腰だったからか、オフホワイトのセミタイトスカートはお尻のあたりから下が濡れて色が変わっている。スカートがそんな状態だから、パンストやショーツに至っては見るまでもなかった。
 私は脚に張り付いているパンストを脱皮するように引き剥がし、冷たくなったショーツを指先で摘んで足首から抜き取った。私の手から滑り落ちた濡れ雑巾のようなショーツは湿ったいやな音をたててバスルームのフロアに落ちた。
 頼りなく立っている私の足元に脱ぎ捨てられたお気に入りのスカート…そしてパンストとショーツ…それらを濡らしているのが紛れもなく私のオシッコだと思うと、たまらない惨めさがこみ上げてくる。私はそれらをひとまとめにして脱衣所にある洗濯機に押し込んだ。訳もなく涙が浮かんできた。
 涙を拭ってセーターもブラウスも脱ぎ捨てると、私はバスルームに戻って乱暴にシャワーのコックをひねった。冷たい水が徐々に温かく、そして熱くなり、バスルームは湯気で真っ白になった。
 私の涙も何もかも…記憶さえも洗い流せたらいいのに…この湯気の中のように何もかも隠せたらいいのに…。後戻りできない現実をなかば呪うように、私は憑かれたように体中を洗った。
 ほてった体をタオルで拭き取りながら、私は着替えを持たずに入った事に気づいて後悔した。
 バスルームから寝室まで佐久間クンの目に触れずに行くのは不可能だ。しかたなく私は素肌にセーターだけ着て出る事にした。
「ごめん…佐久間クン。ちょっと後ろ向いててくれる」
 今日着ているセーターは丈が長めだから見えてしまう事はないが、それでも恥ずかしくて裾を押さえるようにして一目算に寝室に駆け込んだ。
 ジーンズに着替えて出てくると佐久間クンはまだ後ろを向いたままだった。私を失禁に至らしめた後ろめたさからか、知られたくない秘密が露見しそうになったからか彼の後ろ姿はしょげているように思えた。
「もういいわよ…こっち向いても」
 佐久間クンはまた無言のまま振り向いた。いつもの陽気でちょっとひょうきんな面影はどこにもなかった。
「食事にでも行こうよ…」
 …ちょっと聞きたい事があるの…とつけ加えるつもりだったが、観念したような彼の顔を見て言わなかった。
「でも…ズボンがちょっと濡れてるから…」
 見ると、佐久間クンのモスグリーンのカジュアルスラックスの膝の部分が丸く濡れている。さっき私にひざまずいてすがり付いた時に私が漏らしたオシッコの水たまりで汚したらしい。
「それくらい我慢してよ。…おもらししたわけじゃないんだから」
 私は少し間をおいてから”おもらし”の一言を付け加えた。私の中でタブーになっている一言を敢えて口にしたのは…今度はこの恥ずかしい出来事から逃げたくないという気持ちからだった。
 今になってみると、会社で失禁した時もすぐに復帰すればよかったと思っている。せっかく直子に制服を借りたのだから、逃げるようにして帰らずに戻ればよかった。勇気のいる事だけど、戻って後始末するべきだった。
 そう…最悪でも、月曜日には出社するべきだった。失禁してしまった私をどう思っているだろうと気にしながら何日も過ごすよりはまだましだったはずだ。そうすれば今頃はいつもと変わらず仕事をしていたかもしれない。
 今度は逃げたくない。佐久間クンの前で失禁してしまった事、彼が持っていたアサクラのコンパニオンのコスチュームの事…。…そう、何故か彼を帰したくないと思った理由はそこだったんだ。
「ちょっと歩いた所にファミレスがあるの。そこでいいよね」
 佐久間クンは私のすぐ後をついてきた。幹線道路沿いのファミレスまで私たちは終始無言のままだった。休日のこの時間帯には混み合っている店も、平日とあって客の入りは半分程度だ。
「さっき…佐久間クンの車に入っていた物について…聞いてもいいかな?」
 オーダーを済ませると、私はいきなり本題に入った。…と言うより、遠回しに聞けるような話題ではなかった。
「ごめん…あんな大騒ぎになるなんて思ってもみなかったから…だから…」
「もう済んだ事よ。社内調査でも何もわからなかったし…それに…写真から撮影され
た場所が特定されてね、幕張から遠すぎるからって理由であの時のコンパニオンは全員シロになったわ。もっとも、もう皆忘れてるけどね…きっと
…だから話して…誰にも言わないから。佐久間クンが制服マニアだったとしても軽蔑しないから…。ただ…非合法な手段で手に入れたのならバレないうちに…」
「法は犯してないよ。それだけは信じてくれないか」
 私の言葉が終わらないうちに彼は反論してきた。
「うん…信じる。だから解るように説明して。…でないと、この先会社に復帰したとしても佐久間クンを避けるようになるかもしれない。何も知らなかったならそれでもいいけど、疑惑を持ったままでいるのはいやなの」
「わかったよ。でも、僕の話を聞いたら今以上に軽蔑する事になるかもしれないけど…それでもいい?」
 佐久間クンの目は真剣そのものだった。私は今更ノーとは言えないと思った。でも元よりノーと言うつもりはない。私は彼の目を見つめてうなずいた。
「どのみち話さなければならないから最初に言うけど…僕は…女装するのが…好きなんだよ」
「…そうなんだ…それって…」
 正直、私は驚いた。けど、佐久間クンが女装する事自体に驚いたわけではない。課の忘年会の隠し芸でMrレディ大会をやった事があったが、べつに生理的に不快と思った覚えはない。むしろユーモラスで、佐久間クンに限っては可愛いとさえ思えた。
 ただ、この時の私は趣味としての女装があるとは知らなくて、佐久間クンが夜な夜なオカマバーで働いている姿を想像して驚いていた。でも勘の鋭い彼はそんな私の心の動きを察知して釘を差した。
「でも水商売のバイトしてるわけじゃないよ。本質的には男性なんだ。ただ、女性の衣服を身につけるのが好きなだけさ」
「いつからなの? 女装に興味を持ったのは」
「うーん…女装そのものは興味を持つ以前からしてたな。うちは男ばかりの4人兄弟でね、家の中がむさ苦しいからって母親が家の中で末っ子の僕に女の子の格好させてたんだよ。だから自分でも女の子だと思っていた。男だって自覚したのは兄貴達とお風呂に入るようになってからだね」
「凄い過去ね。じゃ、その頃からずっと?」
「いや、小学校に行くまでには普通にしてたから…5歳ぐらいまでだったと思うよ。再び女装に目覚めたのは高校からだったたな…。もっとも、その前の中学時代にも要因はあったけどね」
「要因?」
「うん。…一年の二学期に教育実習生の先生が来たんだ」
「それで?」
「放課後、ミニスカートのその先生が脚立に乗って掲示物を貼っているのをこっそり下から覗こうとしたら見つかってね、罰としてその仕事を手伝わされたあげくに体育館の倉庫に連れて行かれて…。何をされるのかと思ったら…『そんなに見たいの?』って言っていきなりスカートを捲ってみせたんだ。そして『誰にも内緒よ…』って」
「…うっそ…」
「僕が子供っぽかったから警戒してなかったんだと思うけどね。それでそれ以来その先生に憧れるようになったんだ。でも中一の子供には高嶺の花だし、でもあの体育館の出来事は頭から離れないし…初めてだったよあれだけ女性に対して独占欲を感じたのは。だから教育実習が終わったら悲しくてね…」
「それで、それが女装に結びついたわけは? 高校で何があったの?」
「男子校だったからね、学園祭の出し物で女教師の役をやったんだよ。衣装は友達の姉貴のスーツだったな。たまたまサイズが合うのが僕だっただけなんだけどね。ただそのスーツが教育実習生の先生が着ていたのとよく似てたものだからすごく衝撃的だったよ」
「自分がその憧れの先生になっちゃったのね」
「そうだね…。女性に憧れる。憧れるから独占したい…でも出来ない。その代用行為が僕の女装の源流なのかもしれない。屈折してるのかな」
 佐久間クンは過去の自分と対話でもするようにゆっくりと語った。
「制服への憧れもそのあたりからなの?」
「…それは女性への憧れの延長…かな…? 女性しか着られない衣服への憧れ…かもしれないね。だから制服っていうはその典型なんだろうね。選ばれたコンパニオンのコチュームなんてその極致だね」
「そう、その事だけど…あれってどこで手に入れたの? あの時のコンパニオンに知り合いでもいるの?」
「あれはね、僕が作ったんだ。片桐さん…さっき部屋で話した時にコスチュームのレプリカでも作るの?って聞いたろ。その通りだったんだよ。」
「作ったの?あれを? 」
「財務にいた時に係長代理で納品チェックを立ち会った時に実物は見てたし、その前にもデザインや色使いを知る機会はあったしね」
「そ、そうじゃなくて…佐久間クン洋裁できるの? あんな難しそうな服なのに」
「確かにかなり難しかったけどね、でも一応仕立屋の息子だよ。小さい頃からミシンや裁ち鋏が玩具がわりだったし、跡を継いでもいいようにそれなりに仕込まれもていたからね。難しいのはむしろ生地探しや細かい部分の寸法やデザインだったよ」
「…呆れた…。社内調査でも何もわからなかったわけだわ。あるはずのないコスチュームだものね。…で、それが出来上がったから着たままドライブしたわけ?」
「いや、部屋で着てみただけだっただったんだ。だけど…」
「だけど…何?」
「いつもはそんな事しないんだけど…。あの日は借りていたビデオの返却日で、しかも閉店時間まであと少しだったし…翌日から3日間出張だし…おまけにメイクまでしてたから…」
「そのまま行ったわけね」
「…そうなんだ。さっと返して帰ればいいだろうと思って…。今にしてみればうかつだったと思ってる。延滞金けちったばっかりに」
「…行くだけならよかったのに…どうして…」
 どうしておもらしまでしたの…と言いたかったが、恥ずかしくてその先までは言えなくなってしまった。でも私が言おうとした意味は伝わるはずだ。
「トイレに行きたかったんだけど、時間がなくてそのまま部屋を出たんだ。ビデオショップでもトイレを借りる勇気はなくて逃げるように帰ったし…。だから公園のトイレで済ませようと思ったんだ…。けど…道が混んでて目的の公園まで着いて車から降りたとたんに寒さも手伝って我慢できなくなって…」
「そうだったの…そのおかげで私たちに疑惑の目が向いたのは腹立たしいけど…ずっと気になってた事がはっきりしてよかったわ。許してあげる。それに…」
「…それに?」
 佐久間クンが不安そうに顔をあげる。
「…男の人でも我慢できなくなるとおもらしするのね…何だかおかしい」
 私は本当に男の人のおもらしが何となく滑稽に思えて、佐久間クンをからかうようにクスッと笑いながら言った。
「男だって女だってそれは同じだろう?」
 佐久間クンはちょっと赤くなって恥ずかしそうに反論する。
「それはそうなんだけど…何となくおかしいの。それにさ…男の人は立ったままできるじゃない。あっ…でもその時の佐久間クンは女だったのよね。あは…何かそれもおかしい」
 ジョークをとばしながら仕事をしている佐久間クンと、ミシンに向かって一心不乱に縫っていたであろう佐久間クン、そしてコスプレ女装しておもらししてしまった佐久間クンとがオーバーラップして、私は不思議な笑いがこみ上げてくるのを押さえられなくなった。
…こんな風に笑ったのって…あの日以来初めてかもしれない…
「あの…片桐さん。それより…あの…本当に誰にも言わないよね」
「あ…うん、うん、約束するわ。約束する。だから佐久間クンも今日の事…誰にも言わないでね。おもらしの恥ずかしさは佐久間クンも経験済みでしょ?」
「ああ、言わないよ。約束する」
 佐久間クンはちょっと苦笑しながら言った。
 私が指切りしようとして手を伸ばそうとしたら、それを遮るようにウェイトレスがオーダーした料理をテーブルに置いた。
「ご注文はこれでお揃いでしょうか?  ・・・では、ごゆっくりどうぞ」
「いろいろ考えたんだけど…私ね…会社に戻ろうかと思うの。…出向先に尾ひれの付いた変な噂が届くよりは事実を知られた会計課に戻る方がいいかな…って」
 ファミレスから帰る道すがら、私は東の空に上ったハーフムーンを見ながら独り言のようつぶやいた。
「それがいいと思うよ。課のみんなも谷山女史にいびられてトイレに行けなかったって解ってるし、添嶋さんも一部始終を課長に話したみたいだし。みんな片桐さんの味方だよ」
「そのかわり谷山女史は肩身が狭いでしょうね」
「あの日の事は何もなかったっていうのか課内の暗黙の了解になってるから、表向きは非難されないけど…肩身は狭いだろうね。だからすっかりおとなしくなってるよ。でもまだ辞めないだろうね」
「そうあってほしいわ。自業自得とはいえ、私が原因で辞める人は見たくない…」
「他人の心配までてきるならもう安心だね」
「…うん、何だかふっ切れた感じがする。今日の午後だけでいろいろな事があったしね。…街で佐久間クンが声かけてくなかったら…今頃まだ部屋の片隅で膝を抱えてたかもしれないよ」
 アパートの前に着くと、佐久間クンのユーノスは夜露でしっとり濡れていた。
「ねえ、変なこと頼んでいい?」
「変なこと?? …って何?」
 首を傾げながら私を覗きこんでいた佐久間クンの顔が一瞬くもった。
「たいした事じゃないんだけどさ…ちょっと見せてくれない? 佐久間クンが作ったアサクラのコスチューム。オリジナルを見せたんだからいいじゃない? レプリカも見せてよ」
「うーん…まいったな…」
 佐久間クンは頭を掻きながら渋々ユーノスのトランクを開けて中からビニールの包みを取り出した。一足早く階段を駆け上がった私の後ろから憂鬱そうに付いてくる。
「えーっ! すごい。これ本当に佐久間クンが作ったの?」
 包みから出てきたレプリカは私の想像以上にオリジナルに近かった。しかも細かい所まで丁寧に仕上げてあって、プロの領域の仕事である事は見た目にも明らかだ。
 私は紙袋に入っているオリジナルを出して横に並べた。見比べてみると、微妙な色あいや生地の質感、細部のデザイン等々違いはあるが、何も知らずに見ればそうとは解らないレベルでしかない。
「モーターショーでこれ着ててもレプリカってバレないよ、きっと」
「…そっかな…」
 佐久間クンは相変わらず照れくさそうに頭を掻いている。私はちょっといけない事を考えた。
「ねえ、佐久間クン…。これ着てみてくれる?」
「えっ!! …」
「佐久間クンが着たところ見てみたいの、ねっ」
「…それはちょっと…。いくら何でもそこまでは…」
 佐久間クンの秘密をネタに強引に着させる事もちょっとだけ考えたが、今や彼と私は運命共同体のようなものだから、そこまで卑劣な真似はできなかった。
「じゃ、質問だけさせて。化粧道具や下着なんかも持ってるの」
「うん…一応…一通りはある」
「ねえねえ、そういうのってどこで買うの? やっぱり女装して買いに行くの?」
「エロ下着の類は通販だよ。名前が和美だしね。服はスーパーが多いかな。何食わぬ顔で買うよ、男のままで。最初は恥ずかしかったけどね」
 佐久間クンは視線をそらしながら落ちつかない素振りで答えた。私はそんな彼が何とも可愛く見えてしかたなかった。
「ねえ、着替えなくてもいからさ、お化粧させてよ。ね、どんなふうに変わるのか見てみたいの」
 私は佐久間クンの返事を待たずに寝室から化粧品一式を持ってきた。何だか初めてお化粧した時みたいにドキドキする。
「片桐さん…本当に?」
「いいじゃない? ちょっとした遊びだと思えば。女性化粧品のCMに男性が起用される時代なのよ」
 自分の化粧品を佐久間クンに使う事には抵抗はなかった。私は等身大の人形に化粧する子供のように無邪気に彼の顔にメイクを施した。
「うわぁ…化粧が映える顔だとは思っていたけど…変わるものねぇ」
 メイクして長めの髪を女性っぽくセットした佐久間クンは、ちょっと見には女性で通るぐらいに変身した。カツラがあればもっとそれらしくなっていたに違いない。
「鏡で見てみれば? なかなかのものよ」
 佐久間クンは恥ずかしいのか、私が渡した手鏡をちらっとみただけでテーブルに伏せてしまった。
「どう? 感想は」
「うん…まあ…いいんじゃない?」
 恥ずかしがってはいたけど、佐久間クンもまんざらでもなさそうだ。
「ねえ、やっぱり着てみようよ。せっかくメイクしたんだから」
「ええ!! 約束がちがうよ。それに…今着てるのは男性下着だし…」
「そっか…いくら何でもそれは貸せないわね。 …あ!ある。忘年会のビンゴゲームでもらったペーパーショーツがあるからそれあげる。パンストは新品があるからそれもあげるわ。…この際ブラはなくてもいいよね」
 私は一通りの物を出すと、制限時間10分と一方的に告げてバスルームに姿を消した。洗濯機に放り込んだままの汚れ物を今のうちに洗ってしまうつもりだった。
 洗濯機の蓋を開けると、オシッコの匂いが脱衣所に広がった。今日穿いていたスカートはドライ指定だ。でもこれをクリーニングには出せない。それに、すでにおもらしして濡らしてしまったんだから手遅れだ。しかたがない、洗おう。
 洗剤を取ろうと棚にてを伸ばしたら、私のすぐ後ろに佐久間クンがいた。
「え? 佐久間クン…どうしたの?」
 私は、まだオシッコの匂いが漂っている脱衣所に佐久間クンが入ってきた事に動揺して目を丸くした。
「あの…さっきレストランで言い忘れた事があったから…」
「言い忘れたって…?? 何?」
「女装の話だけで終わっちゃったから言いそびれてたんだけど…やっぱり片桐さんには…嫌われてでも包み隠さず言った方がいいかなって…」
「だから…何?
 私は佐久間クンの真剣な顔がちょっと恐かった。それでも洗濯機の中のスカートを見られないように体をずらしながら聞いた。
「もう多少の事なら驚かなくなったから大丈夫よ」
「あの…それ…」
 佐久間クンは私の肩越しに洗濯機の中を指さして言った。
「…このスカートのこと? これがいいの? でもこれは…」
「スカートじゃなくて…スカートを濡らした…おもらしが…あの…」
「おもらし??」
 …言い忘れた事がおもらしって…?? 何の事かしら…
「僕は…あの…変だと思われるかもしれないけど…じ…女性のおもらし…その…女性がオシッコをおもらしした姿が好きなんだ。…さっき階段でおもらししたみたいな…会社でおもらししたみたいな…そんな片桐さんみたいな姿が…好きなんだ」
 佐久間クンは全力疾走した後のように肩で息をしながら衝撃的な一言を言った。洗濯機の中の汚れたスカートを見られながらの一言は、私にとってまさに衝撃だった。
 しかし、多少の事は驚かないと言った手前、私は精いっぱい動揺を隠して佐久間クンを見据えて言った。
「どうしてそんなものがいいの? 理解に苦しむわ。それって変態よ。汚いし…それに死ぬほど恥ずかしいのよ。女装の方がずっとまともだわ」
 失禁はしてしてはいけない事、恥ずかしい事として、物心ついた頃から繰り返し深層心理に刷り込まれているタブーのひとつだ。
 会話の中で言葉として侵す事はあっても、行為として冒す者は誰もいない。まして私のように大人になってから失禁を経験した者にとっては、それはタブーどころか、それを冒してしまった罪の十字架でさえある。
「確かに…そうだよね。普通は…変態…だよね」
「普通でなくてもそうよ。どうしてわざわざ嫌われるような事言うの? いっそ隠してくれてた方がよかったわ。佐久間クン私が嫌いなの? 恨みでもあるの?」
「恨みなんてないよ。…その逆さ。…片桐さんが…好きなんだ。だから…」
「え? …い…今なんて…」
 私は一瞬のうちに頭の中が真っ白になった。
「片桐さんが…好き…って言ったんだ。ずっと…ずっと好きだった」
 佐久間クンは下を向いていた顔を上げ、私の目を見つめて言った。真剣そのものの表情だった。
 友達として好意は持っていたが、ただそれだけの気のいい仕事仲間。それが私の佐久間クンに対する評価だった。恋愛感情とは無縁の存在の…まさにいい友達とはこの人の事…そう思っていた。
 でもそれは大学時代の失恋以来臆病になっていた私の心の裏返しだったのかもしれない…近づけば近づくほど…期待すればするほど、裏切られた時の落差が恐くて本当の心を閉じこめてしまっていた…そんな私の心の裏返し…。
「ありがとう…私も…好きよ。…佐久間クンのこと。…だけど…だけど…おもらしの事は別問題だわ…」
 私は…確かに心の奥底では佐久間クンの事を好きだった。…でも、それはノーマルな佐久間クンであって、女装の事はまだしも、女性のおもらしした姿が好きだなんて言う佐久間クンは、別問題どころか私の理解の範疇を越えていた。
「僕だってこんな事にならなかったら今まで通り片桐さんを見てるだけだったと思うよ…きっと。…でも、おもらしした片桐さんの姿が…恥じらう片桐さんの姿が愛しくて…どうしても気持ちを…本当の自分を伝えたくなったんだ。今片桐さんに言わなかったら…結果はどうあれきっと後悔する。そう思ったんだ。」
「佐久間クン…」
 理由は別として、彼もまた心を偽っていた一人だった。そして…彼の陽気で軽く見える性格も、重い影を引きずっていた心の裏返しだったのかもしれない。
 私がノーと言えば…『おもらしが好きな佐久間クンなんて嫌い!』と言い放てば、彼はきっと背を向けて帰るだろう。でも、今までの私たちの関係を壊すリスクを負ってまで告白した彼の勇気にノーとは言えなかった。言ったら私がきっと後悔する。
 私は、佐久間クンを拒絶する事よりも、理解する努力をしてみようと考えはじめていた。
「洗濯するから…ちょっと待ってて。気持ちを落ちつかせたいの」
「うん…向こうにいるから」
 そう言って振り返った佐久間クンの背中…その背中に私は衝動的にすがり付いた。一瞬でも彼を見失ったら取り返しの付かない事になりそうな…そんな気がした。
「いいの…おもらしが好きな佐久間クンでもいいの…。ただ…ひとつだけ聞かせてくれる? 私がおもらししなかったら…私のこと好きにならなかった?」
「そんな事ないよ…ずっと好きだった。ただ…」
「ただ?」
「好きって言うきっかけになったのがおもらしだったのは確かだよ。片桐さんがおもらししなかったら…たぶん言えなかったと思う」
「…何か変なの…。こんな告白された子っていないよ、普通は」
「そうかもしれないね。…でも、好きな人には自分のすべてを知ってほしいし、理解してほしい。でも知られるのが恐いし、まして理解してもらうのは無理だと思った。
…だから気のないふりして見てるしかなかった。…ずっと今まで」」
 私は嬉しかった。何気ない日常の仕事の合間にも、彼は私の事をそんなふうに見てくれていた。おもらしして消え入りたいと思っていた私の姿さえ愛しいと思ってくれていた…そんな彼の気持ちが…今はとても嬉しかった。
「私…佐久間クンになら…おもらし…見せてあげてもいいって…思ってる。そんなに見たいのなら…見せてもいいって…」
 そう言って、私は彼の背中に頬を押し付けた。背中越しにかすかに伝わる規則正しい心臓の鼓動が心地良い。それは催眠術のように私を夢の世界に誘った。さっき穿き替えたばかりのジーンズに温かい感触が広がるのを、私は夢うつつで感じていた。
「…あ…また…しちゃった…」
 私は寝言のように佐久間クンの背中につぶやいた。

「片桐さん・・・もしかして…また…」
 ためらいがちな佐久間クンの声に私はハッと我に返り、そして後悔した。
…やっぱり…やっちゃったのね…私…
 それは例えば、夢の中でこのままオシッコしたらおねしょかもしれないと思いながら…でもこのまましたらすごく気持ちいいような気がして…そして誘惑に負けてオシッコしてしまった幼い日に似ている。
 そして妙に怪しい感覚に目を覚まして、ふと気が付くとそれが夢でなく現実だったように、私のジーンズは幼い日のパジャマ同様ぐっしょり濡れていた。
 …と言うより、まだ濡れている最中だった。おねしょだと半ば認識した上で、そのまま成りゆきにまかせて甘美な温もりに身を委ねていた幼い日そのままに…。
「見ないで! お願い…見ないで。…私…どうかしてたの…だから見ないで」
 私は顔を覆ってその場に泣き崩れた。それはおもらしそのものを見られた恥ずかしさだけではなく、夢うつつとはいえ半ば自らの意志でおもらしをしてしまった私自身の…そう…私の幼い日の憧憬を垣間見られたような恥ずかしさに耐えられなかったからかもしれない。
「早く着替えないと風邪ひくよ。床は僕が拭き取るから着替えてきなよ」
 佐久間クンは、水たまりの上に座り込んだまま泣いている私の肩をさすりながら優しく言った。でも、ハイそうですかと着替えに行けるほど私は子供ではなかった。
「また…しちゃったのね…私…。…3度目ね…23歳にもなって…2週間もたたない間に3度も…服…汚したのね…」
 私はあえて自虐的な言い方をした。何の言い訳も通らないような絶望的な状況では下手な自己弁護などよけいに惨めになるだけだ。むしろ、自分を蔑んで同情を買う方がまだいい。
 しかし、自分で吐いたその言葉はそのまま自分胸にも突き刺さった。佐久間クンにならおもらしを見られてもいいと思ってはいても、23歳にもなって3度も失禁してしまった事実は、大人の女性として許される行為ではない。
「そんなの気にしなくていいよ。片桐さんのおもらしなら何回見てもいいと思ってるから」
「気楽な事言ってくれるわね。見る方はいいかもしれないけど、見られる方は悲惨なものよ。それに…着ている服汚すのって…すごく惨めなんだから」
 私は佐久間クンの言葉に思わず反論してしまった。 おもらしなんか気にしなくていいと私を慰めた彼の気持ちが嬉しくないと言ったら嘘になる。でも、今の私にかける言葉としては少しばかりお気楽すぎると思ったからだ。
 それは例えば、失恋して落ち込んでいる時に明るい戸外に連れ出されて応援歌を聞かされているようなものだ。やっぱり失恋した直後は、暗い部屋の片隅で膝を抱えて中島みゆきでも聞いている方が似合っている。
「確かに…気楽な一言だったね。でも、片桐さんのおもらしを見せ物のように眺めて楽しみたいってわけじゃないんだ。…その惨めな姿がたまらなく愛しくて…優しくかばって…守ってあげたい…そんな気持ちなんだ」
「でもそれって…たとえは悪いけど、殴り倒してから『大丈夫ですか?』って介抱するのと同じじゃない?」
「…そうだね。もしかすると僕みたいな人間は…そうやって自分が優位な立場に立たないと対等に付き合えない臆病者なのかもしれない…」
 佐久間クンは自分の心の奥底を透かして見るように、ゆっくりと言葉をかみしめながら言った。
「臆病者…ね…。でも…卑怯者よりはマシよね…」
 私はそう言って、一応佐久間クンの言い分を聞き入れた。彼の少しばかり屈折した性癖を責めるよりは、冷たくなり始めたジーンズを着替える方が先決だった。
「シャワー浴びてくるわ。…冷たくて風邪ひきそう」
 私は他人事のように言うと、脚に張り付くジーンズの気持ち悪さを無視して一気に立ち上がった。びしょ濡れのジーンズで動き回ったら部屋の被害が拡大するだけなので、そのままバスルームに向かう。
 今日2度目のシャワー…。でも、さっきのように消え入りたいほどの恥ずかしさはない。ただ、気がかりなのは私が残した水たまりだ。もし佐久間クンが床掃除していたら…と考えるだけで思わず顔が熱くなる。
 私のオシッコの後始末を彼がしている…。そのイマジネーションは一瞬にして、おもらしした私自身の後始末をしているイメージへと膨らんだ。
…大丈夫…佐久間クンは雑巾やバケツの場所知らないもの…きっとそのままよ…
 私は煩悩にも似たそのイメージを振り払うように熱いシャワーを体に浴びせた。
 さっきと同じように素肌にセーターを着て、脱衣所のドアを開けておそるおそる覗いた廊下に佐久間クンの姿はなかった。それだけではなく、私の失禁の痕跡も跡形もなく消えていた。
…どうしよう…佐久間クン…私のおもらしの後始末したんだわ…
 いたたまれず脱衣所を飛び出して寝室に飛び込む。胸がドキドキする。顔が火照っているのは熱いシャワーのせいだけではない。
…そういえば佐久間クンの姿がなかったようだけど…
 私は空き巣に入った泥棒のように人の気配を気にしながらタンスを漁った。2度のおもらしに付き合った白いセーターは縁起が悪いので着なかった。結局、引き出しの一番上にあったトレーナーとニットのミニスカートを引っぱり出して着替えた。
 佐久間クンがいるのにミニスカートはまずいかなと思ったけど、さっきのぐしょ濡れのジーンズの感触がまだ脳裏から消えなくて、パンツスタイルには何となく抵抗があった。
…おもらしするわけじゃないのに…変ね…私って…
 ちょっと苦笑しながらリビングに戻ると、ちょうど佐久間クンが外から部屋に入ってきたところだった。手には布きれと何かのスプレーを持っている。
「雑巾やバケツが見あたらなかったから車の洗車道具使ったんだ。給湯器だけは使わせてもらったけどね。お湯で拭いた方が匂いが残らなくていいから」
「あの…ごめんね。…床…掃除させちゃって…」
「いいんだよ。すぐに拭かないとフローリングでもシミが残る事があるからね。これからレザーワックスかけるから元通りのピカピカの床になるよ」
「いいの、いいの。拭いてくれただけで十分だから…元はと言えば私がいけないんだし…佐久間クンに汚い思いさせちゃって…悪かったと思ってる」
「汚いなんて思ってないよ。だって…片桐さんのオシッコだもの…」
”片桐さんのオシッコ”という言葉がことさら私の耳に響いた。羞恥心が過敏に反応する。しかしその一方では、”汚いなんて思ってない”と言った佐久間クンの一言が逆立った私の羞恥心をなだめるように撫でつけていた。
 複雑な気持ちを持て余している私を知ってか知らずか、佐久間クンは床に這いつくばって持ってきた布きれとワックスでせっせと磨き始めた。
…きっと私がつくった水たまりもあんな風に雑巾で拭いていたのね…
 私はいても立ってもいられず、雑巾を持ってきて彼と並ぶと床の乾拭きを始めた。素脚の膝に床が冷たい。
「佐久間クンって…以前にも女の子におもらしさせた事があるんじゃない? それも一度や二度じゃなくて…何度も…」
 私はしばらくためらってから、ふと思いついた事を床に視線を落としたままで彼に聞いてみた。
「え? なんで?」
「だって…放っておくと床にシミが残るとか、お湯で拭いた方が匂いが残らなくていいとか、何度もおもらしの後始末を経験してそうだから」
「そんな事ないよ。おもらしに興味があるって告白したのは片桐さんだけだもの」
「じゃ、何でそんな事知ってるの?」
「うーん…何故だろうね…」
 佐久間クンはしばらく考えてから、たった一言そう言った。何となく含みを持った言い方が気になった。私は、或いは…と考えていた事をおそるおそる彼に聞いた。
「…もしかして…佐久間クンって…何度もおもらしした事あるんじゃない? それも自分の意志で・・・」
 以前、職場に置きっぱなしになっていたスポーツ新聞の記事で、おもらしに快感を感じる女性の短い手記のようなものが載っていたのを見た覚えがあった。その時は人目を引くためのいい加減な記事だと思っていたが、佐久間クンを見ているとあながち嘘でもないような気がしてきた。
「……うん…そうだよ。…驚いた?」
 佐久間クンは少しの間考えてからけろっと言ってのけた。そして、言い終わると同時に私に向き直った。
「やっぱりそうだったのね…でも…どうして?」
 私は驚いたと言うより不思議に思った。あんな恥ずかしい事なのに…服が濡れたら気持ち悪いのに、何故わざわざおもらしするんだろう…それが正直な感だった。
「僕の女装の原点が女性への憧れだって言ったろ? それと同じ事なんだよ。女性のおもらしを見てみたいと思った代用行為がそもそもの始まりなんだ」
「何故、女性のおもらしを見てみたいと思ったの? 何かきっかけはあったんでしょう? 生まれつきっていう事はないでしょ?」
 私は、ふと、彼をそうさせた何かに興味がわいてきて聞いた。
「高校時代に…たしか…学園祭で女装した時のちょっと後だったから…高2の秋だったかな…。乗っていた電車が踏切事故の影響か何かでストップした事があってね」
「佐久間クンの高校時代って人格形成にずいぶん影響があったみたいね」
「そうだね。…で、その時に僕の前に立っていた女の人が蒼い顔して具合悪そうだったんだ。それで席を譲りましょうかって言ったら『大丈夫です』って言うんだ。しばらくしてトイレを我慢してるって気づいたんだけど、そう思うと妙に気になってね、不謹慎だとは思ったけど我慢している仕草って色っぽいなって…思ったんだ。皆、復旧までの時間が気がかりで彼女の事なんて誰も気にかけてなかったから…彼女を見ているのは僕だけでね、結局その人は線路が復旧して電車が動き始めたとたんに…僕の前でもらしちゃったんだけど」
「気の毒ね…でも不謹慎な佐久間クンはそれを見て以来おもらし好きになった訳ね」
「彼女の事は気の毒だとは思ったけどね、でも、大人の女性のおもらしなんて考えもしなかっただろう? 衝撃的だったよ。一部始終目の前でだからね。それでね、実はその人…アサクラのOLだったんだよ」」
「尾行したのね? …あきれた…筋金入りの変態ね」
「そう言わないでくれよ。どうしても気になったんだから」
「つまり、女装した佐久間クンは自分であると同時に、そのおもらししたOLでもあったのね。そして、おもらしを見るための自分の分身…でもあるわけ?」
「そうだね…。極端な言い方をすれば…思い通りになる彼女…みたいなものかな」
「そう…彼女なんだ…」
 女装…そして、おもらし…佐久間クンの表の顔とは似てもに似つかない裏の顔。変態と言ってしまえばそれまでだが、私は女装しておもらししている佐久間クンを想像しても、不思議と嫌悪感を覚えなかった。
 それどころか、女装してまで女性のおもらしを再現しようとした彼が何となくいじらしくさえ思えた。それだけではない。私は、彼の意のままになる女装した佐久間クンに軽い嫉妬さえ感じていた。それは自分自身驚いている思いがけない感情だった。
「嫌いになったかな? …嫌いになるよね…無理ないよ。でも、後悔しないよ。自分の事…すべて話して嫌われたなら諦めもつくから」
 床の一点を見つめたままで佐久間クンは独り言のようにつぶやいていた。私がしばらく沈黙していたから自分が嫌われたと思ったらしい。
「嫌いよ……女装した佐久間クンは」
「…そう…だよね…」
「だって…佐久間クンの彼女が女装した佐久間クンだなんて…あんまりだわ。そんな三角関係なんてイヤよ」」
 私はちょっとふくれて言った。
「え? …それって……」
「私は…佐久間クンの思い通りにはならないかもしれないけど、でも…佐久間クンの事好きよ。手を伸ばせば届く所にいるのよ。確かに女装した佐久間クンは綺麗だけど…自分で自分は抱けないでしょ?」
「…うっ…」
 私の言葉が痛い所を突いたのか、佐久間クンは一瞬息をのんだ。
「今さら佐久間クンがおもらしするからって嫌いにはならないわよ。それから…女装するなとは言わないけど、でも、女装した佐久間クンはもう佐久間クンの彼女じゃないわ・・・しいて言うなら…私の友達よ」
 私は自分でも驚くほど大胆な言葉を口にした。佐久間クンはしばらく私を見つめていたが、不意に、非力に見える彼とは思えないほどの力で私を抱きしめた。
 私の全身を心地よい息苦しさが駆けめぐり、気が遠くなるように体中から力が抜けていった。手に持った雑巾が音もなく床に落ちた。
「佐久間クン…」
「片桐さん…」
 声に誘われるようにそっと顔を上げると、そこには優しげな佐久間クンの顔があった。私は彼の瞳に魅入られたように静かに目を閉じた。
 小鳥が餌をついばむように何度も唇が触れて、やがて二つの唇は一つに重なった。そして絡め合う舌がまるで別の生き物のように互いを貪り、確かめ合った。
「…ン…」
 鼻から洩れるため息混じりの声の色っぽさに自分でも少し驚く。気が付くと、彼の手がためらいがちに私のスカートに伸びていた。私はその手に自分の手を重ねた。そしてその手をスカート越しに私の大切な部分に押し当てた。
 自分でも信じられない行動だった。佐久間クンの手を払い退けようとして伸ばした手なのに、一瞬の気まぐれか魔が差したか、その私の手は彼の手と寄り添うようにしてヴィーナスの丘でうごめいていた。
 ニットのミニスカートとショーツ越しのまどろっこしい愛撫は、それ故かえって私の興奮を誘い、危ない迷宮の入り口に私たちをいざなった。
「佐久間クン…本当に私のおもらし・・・汚いって思わない?」
 私は唇を離して彼の耳元でささやいた。
「汚いなんて・・・お…思わないよ」
 佐久間クンは上ずった声で口ごもりながら応えた。期待と緊張がこめられているのが感じとれる。それは私にしても同じだった。
「…しても…いい? ここで」
 佐久間クンは声に出さず何度もうなずいて応えた。私は再び彼の唇を吸って目を閉じた。二人の重なった手はスカートの中に滑り込み、何かを待つようにそのままそこに止まった。
「…ン…ンン…」
 私は自らの意志で膀胱の緊張を解いた。谷山女史への当てつけ失禁以来、二度目の経験だ。ただあの時と違うのは、失禁の意志が怒りと自暴自棄ではなく、タブーへの背徳行為と引き替えの…そう、未知なる快感への扉に他ならない事だった。
 ただあの時と違い、失禁の瞬間はあっけなくやってきた。ショーツ越しに感じる佐久間クンのしなやかな指の感触…その彼の指を慈しむように私の指を絡めた時、ショーツを叩く鈍くくぐもった音が私の耳に微かに届いた。私が自らの意志でタブーを冒した瞬間の…罪と至福の音…。
「…アァ…ア…」
 いつの間にか佐久間クンの唇を離れた私の口から刹那的な吐息が洩れた。彼の指と私の指に遮られた奔流は薄いナイロンショーツを瞬く間に濡らし、私のあそこを熱い泉で満たした。そしてショーツから溢れ出したそれは、佐久間クンと私の指を弄ぶようにまとわり付き、内腿を伝って冷たい廊下に滴り落ちていった。
…とうとう…しちゃった…
 膝立ちしたままの私の膝小僧のまわりに小さな水たまりでき、ほのかな湯気とともに排泄物とは思えない甘い芳香が立ち上って私の鼻孔をくすぐった。
 暖房の行き届いていない寒い廊下で、私は冷え切っていた自分の体が熱くなってゆくのを感じた。でも、私にはわかっていた…熱く感じるのは寒さで冷えた体にオシッコがまとわり付いたせいだけじゃないって事…。
 羞恥というにはあまりにも怪しげで、罪悪感というにはあまりにも甘美な…そして快感というにはあまりにも切ないこの感情…。私は、かつて感じた事のないこの不思議な感情を持て余した。
…私のどこにこんな感情が潜んでいたのかしら…
 開けてはならないパンドラの箱…。私は自分の心の中のパンドラの箱を開けてしまったような気がした。
「…ア…」
 ふと気づくと、佐久間クンの指がショーツ越しに私のあそこをまさぐっていた。冷たくなったショーツが彼の指の間でよじれて私のクレバスに張り付く。でも、私の体の芯は熱かった。それは炎のような身を焦がす激しい熱さではなく、炭火のような体がとろけるような熱さだ。
 私は糸の切れたマリオネットのように力無くその場にへたり込んだ。濡れたお尻が冷たい。
…スカートは濡れたかしら?…ううん…もうどうでもいいわ…
 佐久間クンは私の体を支えるようにして廊下に横たえた。おもらししてぐしょ濡れの私にはベッドよりお似合いの場所だ。
 佐久間クンの濡れてない方の手が私のトレーナーに滑り込んできた。固くなった乳首をブラ越しに指で摘む。私の体は一瞬硬直して、少し残っていたオシッコをショーツにもらした。くすぐったい水流がチョロチョロとお尻の方に流れる。
 それを合図にしたように、私の唇は佐久間クンの唇で塞がれた。本能のままの激しいディープキスに身をよじらせ、私の体が彼を受け入れる準備を整える。いつしか私のトレーナーは胸の上まで捲られ、濡れたショーツは太腿のあたりによじれていた。
 佐久間クンの細い指が確かめるように私の大切な所を行き来している。音と感触で濡れ方がはっきりわかる。私は遠慮がちに彼のモスグリーンのカジュアルスラックスの股間に手を伸ばした。
 そこはズボンの中に棒でも仕込んだかのように固くなっていた。私は慣れない手つきでベルトを外してファスナーを下ろし、トランクスの中から彼のモノを解放した。
 セックスは初めてではなかったが、男性自身を直に触ったのはこの時が初めだった。
…熱くて…固い…
 私が彼を受け入れる準備を整えたように、彼もまた私に入る準備を整えていた。私は脚をくねらせてショーツを足首から抜き取り、彼もまたもどかしげにスラックスを脱ぎ捨てた。
 熱く脈打つ彼のモノが私の中に静かに、そして深く入ってきた。私の体は私の意志を離れて身をよじり、切ないほどに身悶えた。
 目の前が真っ白になり、体中を快感という電気が走りまわった。私が体全体で佐久間クンを受け入れて絶頂を迎えた一瞬後、彼もまた獣が最後の力を振り絞って立ち上がるかのように絶頂を迎えた。

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