少女鬼畜輪姦その3


 二人の旅は順調に続いていた。脱出の際は殆ど裸のままだったものだが、何故か現在はまともな旅装を整え、ずっしりと重たい麻袋の中には、水に食料、薬に火種とひと揃えの旅支度が詰まっている。
 どこにでもスケベな男は居るものだ。
 妙齢の女性の二人連れ。それも片方はいかにも保護欲をそそる、か弱い少女と来れば引く手あまたに返す手四つ。口上ひとつで一財産。
 はてさて。
 キアス村まであと数十分の道程で、こんなことが繰り返されていた。
「あ…あの、サインさん」
「ん、どうかしたの?」
「いえ…やっぱりなんでもありません…」
 これまで大した障害もなく歩みを勧めてきた二人だったが、ここに至ってキアシアの様子がどうにもおかしい。たびたびサインに声をかけては、頭を振って何でもないと引き下がるのだ。
 サインが洞察した限りでは、足に傷を負っている風でもなく、かといって体調を崩した訳でもないように見える。どちらにせよキアシアの身に何かが起こっていることは確かである。少々早いがここで休息をとることに決めた。
「キアシア、ここらで休憩にしましょ」
「え…あ、は…はい」
 言われるなりキアシアは道ばたにぺたんと座り込んでしまった。やはりおかしい。
 サインは聞いてみることにした。
「はじまっちゃったの?」
「い…いえ、違い…ますって」
 人通りの多い街道で交わす会話でもなかったが、周囲の人間を余り気にしないタイプのサインは特に気にすることもなくあっけらかんとキアシアに聞く。結構気にするタイプのキアシアは縮こまって顔を染め、通りがかった旅の傭兵はコケて馬から落ちかけた。重たいメタルアーマーを着た者にとって、コケるという行為はまさに命がけである。
「あ…そうか、そういうことなのね」
 コケた傭兵を見て何事か思いついたのか、サインは両手をパチンとあわせた。
「この辺は割と人通りが多いからなかなか言い出せなかったんでしょ」
 ニコニコしながら、麻袋の中身をごそごそとあさり始める。
 スコップを取り出した。
「はい」
「な、なんですか?」
「なにって、スコップ」
「そんなこと見れば分かります」
「それよりもさ、もういっぱいいっぱいなんでしょう? 我慢は体に毒よ」
 茂みの奥を指さして、真顔で言う。まんざら外れというわけでもなかったようだ。悟られた恥ずかしさからか、思わず顔を背ける。
「で、ですからどうしてそこでスコップが出て来るんですか!」
「だってさ、ほら、固体は埋めなきゃ…」
「液体ですっ!!」
 遠くの方で、重たい金属板を堅い地面に叩きつけたような音が鳴り響いた。

「なにも大声で怒鳴ること無いじゃないの」
 キアシアは茂みの奥に消え、一人取り残されたサインは木の根本に腰を下ろしてぶつくさ言っていた。
「言い出しにくそうにしてたから、こっちから言ってあげただけなのに〜」
 あの年代の女の子ってそういうもんなのかしらねぇ。などとすっとぼけながら、道ばたに座り込んだサインは次々と通り過ぎる人々をぼんやりと眺め続けていた。あんまり暇なものだから、その辺の草を引っこ抜いて口にくわえ、ぴーぷーぴーぷー鳴らせて遊ぶ。
 しばらくそうしていると、サインの目の前に一人の女性が立ちはだかった。
 なにかしら〜、あんまりあたしの演奏が素晴らしいもんだからオヒネリでも投げようってのかなぁ〜などと相変わらずぼーっとしながら世の中を舐めきった考えを巡らせる。
「サイン、聞こえているのサイン?」
「ぴーぷーぴーぷー」
 でも着ている服がなんかぼろっちいのよね〜。これじゃぁあんまり期待できないかな〜。
 依然ぼーっとし続けるサインを前にして、その女性のこめかみには既に静脈が浮き出ていた。彼女は、短気なたちであった。
 怒鳴られた。
「サインッ、あんたこのシュレード様を忘れたっていうんじゃないだろうねっ!」
「知ぃらな〜い。ぴーぴーぷー」
 いくら凄まれたところで平気の平左。あまりの覇気のなさにシュレードの鼻息が荒くなる。もっとも、サインにしてみればシュレードの姿を見たのはほんの一瞬だけだ。覚えてないのも無理はなかった。
「そうかいそうかいっ、だったら思い出させてやるよ! トッザっ、あんた!」
「ぶっ」
 シュレードがトッザの名を叫んだことで流石にサインもコトの重大さを理解した。アジトを潰された仕返しが、追いついてきたのだと。
「あっちゃ、みつかっちゃったのか」
 片手で髪をぐしぐしと掻き回しながらつぶやいた。追っ手が目の前のシュレードとトッザの二人だけならば周囲に助けを求めればなんとかなるかもしれないが、もし総出で追ってきているなら逃げの一手だ。油断無く周囲に気を配る。
 サインは、トッザが怪物と化したことを知らない。その怪物が、盗賊団の全員を惨殺したなどということ当然知る由もなかった。
「ひゃはは…それはそうと、サイン。あの可愛い女の子は一緒じゃないのかしら?」
 薄ら笑いを浮かべたシュレードが、舌なめずりをしながらきょろきょろと辺りを見回した。どこか不自然な、異常さを帯びた雰囲気がサインには感じられた。
「何の話? あたしは最初っから孤独な一人旅よ。それも女の子だなんて、どっちかというと可愛い男の子の方が好みね」
 キアシアが一緒であることに気づいていないならば幸い、このまましらを切り通した方が有利であると判断した。与える情報は、少なければ少ないほど良い。
「そう、知らないと言い張るなら仕方ないわね。あははっ、あんたッ、出番だよ!」
 ザンッ。
 大きく空気を薙ぎはらう音がして、シュレードの背後の茂みが真っ二つに割れた。ゆっくりと、立ち並ぶ広葉樹の幹が倒れていく。
 次の瞬間、無数の触手がサインの体を捕らえようと茂みの奥から勢い良く飛び出した。
「うわっ」
 あわてて右に飛んで身をかわすサイン。空を掴んだ触手が、ビュルリと音を立てて粘液のしぶきをとばす。
「な…なんなのよ…」
 切り開かれた茂みの奥から、ゆらりと、枝葉を踏む足音も立てずに一人の男が姿を現した。いや、人間としての形を留めている部分は下半身だけである。上半身は、既に人のそれではなかった。
「あの趣味の悪いのが、トッザだっての…?」
 嫌悪感ばかりが先走るサインの視線の先に立つ怪物は、人間の上半身に何匹もの軟体動物をそのまま張り付けたような姿で、うねうねゆらゆらと定まらぬ体勢で立っていた。かろうじて人間と同じ部分を残している器官といえば、哀れにもくっきりと浮き出ている肋骨と背骨ぐらいであろうか。
 両腕は、骨がないのか多関節なのか、肩から直接巨大なナメクジが鋭く突きだしているみたいにグニャグニャとしている。腹部は、蛆がそこから生えてきているように無数のヒダで埋め尽くされている。頭は、もはや首は無く、一匹のヒルが鎌首をもたげさせていた。
「ねぇ、あんた。ほら、サインだよ…あんたのカタキのサインを見つけたよ」
 猫なで声で、シュレードは人の形を失ったトッザにしなだれかかって甘えた。肩先から生えた短い触手を指で弄びながら、ときおり口に含んではそのたびに恍惚の笑みを浮かべる。正気を失った、狂人の目だった。
「……っっ!!」
 いつでも動ける体勢を作りつつ、サインはその光景を目にして吐き気をもよおしていた。片手で口元を押さえ、なんとかこらえる。
「精魔に憑かれたわね、トッザ」
 人の目に見えぬ存在を、総じて精魔と呼ぶ。彼らはなにも人に害をなすばかりではないが、精魔が何らかの意図を持って人間界に影響を及ぼそうとするときは、大概が人間を媒体とし、融合する。このとき人の意識は失われ、肉体も変貌する。
(それにしてもこの形態………まさか、ね)
 頭に浮かびかけた考えを、よもやあり得ないだろうと否定した。
「…サインさんっ!」
 最悪のタイミングだった。おそらく今目の前にいるトッザは、シュレード以外全てを敵…または獲物と見なしているはずだ。異変に気づいたのか、用をたし終えたのか、茂みの奥からキアシアが飛び出してきて悲鳴ともつかぬ叫び声をあげた。
「おやおや、やっぱり居たんじゃないか。カワイコちゃん?」
 正気を失ったシュレードの目が、キアシアを見つけて妖しい光を帯びる。細い舌が唇の上でぴちゃりと鳴った。
「バカッ、なんで出てくるの! 逃げて!」
 言うが早いか、トッザの触手がキアシアに向けて鋭く這い寄る。
「ひっ…」
 サインと対峙する怪物の意識が己に向けられたことを知りあとじさったキアシアは、自分を捕らえようと伸びてきた触手から逃れ、サインの方へと駆けた。サインもまた、キアシアを助けるべく走り出していた。
 しゅるしゅるしゅるしゅるしゅる、にちゃり。
 血管の浮き出た触手の一本が、逃げようとする獲物を捕らえた。白く柔らかな女の腕に絡みつき、肉の感触を楽しむかのようにドクリドクリと脈を打つ。
「…ったく、気持ち悪い手ねッ! キアシア、あたしのことは良いから早く村へ行きなさい!」
「で…でも…」
「でもじゃないわよ、あんたがこの場にいて何が出来るって言うの」
 わざと吐き捨てるように言って、キアシアをけしかける。
 全てを言わずとも、キアシアは理解したようだった。
「分かりました。すぐに、だ、誰かを呼んできます!」
 そう言ってから、あまり上手とは言えない走り方でキアシアは駆け出した。もともと運動に馴れて無いキアシアのことだ、やはりどこか痛めていたのかも知れない。無理をしなければ良いのだがと自らの危機を忘れてサインは考えていた。シュレードが追う素振りを見せないことを確認して、再び対峙する。
 先に口火を切ったのはシュレードだった。
「自分を犠牲にしてでも、だってわけかい? まったくいい覚悟だこと」
「…犠牲になるつもりなんかこれっぽっちもないけどね」
「へぇ、言うね。あんた一人でトッザ相手に何が出来るつもり?」
「そっちこそ、これだけの騒ぎをどうやって収拾するのかしら? ずいぶんとギャラリー集まっちゃってるけど」
 サインの言ったとおり、彼らの周りには人だかりが出来始めていた。旅の拠点となる村にも近いこの位置では、人通りも多い。ましてや大木をなぎ倒した化け物が人を襲おうとしているとなればなおさらだ。
「そうだねぇ、それじゃ、こんなのはどうだい?」
 シュレードの声に呼応してトッザは新たな別の触手を繰り出した。触手がサインの顔面すれすれを縦に薙ぎ払う。今度は、全く反応できなかった。
 はらり。
「おお〜っ」
 観衆の間から感嘆のどよめきがわき起こる。
「うゃわぁっ、な、何すんのよっ!」
 薙ぎ払われたのはサインの衣服、胸部。ぽろりとこぼれた胸をあわてて前屈みに隠す。
「うーん、目の保養、目の保養」
「いいぞー、もっとやれいっ!」
「む…九十には惜しくも届かないか?」
 主に男たちが、人混みの中からてんで勝手な声をかけてくる。
「あたしねぇ、犯されたんだよ。サイン?」
「…え?」
 すぅ、と一息吸ったシュレードの表情が、それまでの狂喜の笑みから、うって変わって悲涙に崩れた。唐突な気配の転換に、あたりの騒ぎも収束して行く。
「あんたが洞窟を崩してさ、トッザと二人でなんとか這い出て見りゃ、奴らがあたいらに剣を向けやがんのさ。トッザは両腕を切り落とされて、あっけなく死んじまった。悲しかったよ。そしたら奴らは、このあたいを裸にしたのさ」
「シュレード…あなた…」
 自分で自分の両腕を掴み、うつむいて、ぎゅっと身を縮めて、体をぶるぶる震わせながら、ひとつひとつ、噛みしめるようにして語る。前髪の影の中、透明な涙が頬を伝う。
「あはは……犬みたいに四つん這いの格好にさせて、後ろから犯すんだよ。なんども、なんども。そのうち腹ん中が熱くなって、今度は違う奴さ。前からも押しつけられて、仕方なく口にくわえて、頭を押さえつけられ……く…ひっく…」
 涙声で、少女のようにしゃくり上げながら述懐を続けるシュレード。周りにいる野次馬たちも、いつの間にか一言も言葉を発せられなくなっていた。
「でもさ…犯されてるうちに、なんかどうでもよくなっちまった。トッザも死んじまったしさ、こうやって、こいつらのおもちゃで生きてくのも悪くないって思うようになった。従順になればさ、男なんて甘っちょろいもんだよ。犯されて、甘えてやれば、この女は俺のもんだって思うようになるんだろ? ひぁっはっは、キモチよければいいじゃねえかよ。ってさ、言うんだよ。あたいのアタマの中で言うのさ。そうかもってちょっと思ったら…ぅん…奴らに犯されながらイッちまったんだ。凄かったよ。びんびんアタマの中まで響いて、ぐいぐい押し込まれて、口とアソコに奴らのザーメンがドクドク流し込まれる。そのたびに、イクッ、イクーッって尻振って喜んで、そうすりゃ気持ちよくなれたんだ。それだけで、アタマの中が真っ白になって、アタマの中に直接ザーメンを流し込まれたみたいな気分になって、アタマの中が熱くなって、アタマが破裂するほどのエクスタシーを感じたことあるかい、サイン? あはははははははははははは!」
 百人にも達するのではないかという人だかりであったが、もはや声を発する者は一人として居なかった。目の前の狂人がけたたましく叫び嗤う様におびえて、一人残らず血色を失い黙りこくっている。
 あるいは、当の本人ですら気づかないほど一瞬のことだったかもしれない。
 その自虐を含んだ憫笑が、狂喜を伴った哄笑と転じたときのことだった。
 触手の怪物と化したトッザが長く伸ばした一本の腕でサインの片手を捉えている。その脇でシュレードが笑い狂う。
 そして、彼らを取り巻くようにして並ぶ百人ほどの野次馬。
 犠牲者は百人の野次馬、全員であった。
 それだけの人間がいれば、吐息、衣擦れ、足すりと、大抵は何らかの音が生ずる。全ての者がシュレードの狂態に言葉を失っていたとしても、無音状態まではまず至り得ない。
 ましてや森の中を通る街道だ。風は梢を揺らし鳥は羽をはばたかす。
 しかしその瞬間、確かに全ての音は消えていた。
 ただ、シュレードの笑い声だけが、他に何の雑音も無しに響く。
 サインがその異常に気づいたとき、全ての野次馬は昏倒していた。
 青白い顔で泡を吹き、生気のない表情で白目をむいて倒れている。死にはしていないようだ。かろうじて息がある。
 例外はサインとトッザとシュレード、それに加えて一人の女性が昏倒した人々の中心で直立していた。
 たった今現れたのか、それとも最初から居たのか、視認以外では全く気配が感じられない女。漆黒の布をひらひらと何枚も重ね合わせた奇妙な服を身につけ、虚ろな目でこちらを見ている。短めのセミロングですっぱりと切りそろえられた黒髪、虚ろで大きな黒い瞳、堅く結ばれた唇。
 まるで表情のないその女性に向かって、サインがつぶやく。
「まさか……黒…揚羽?」
 彼らの知る神話の中に、全能の神クルタをたぶらかそうとして逆に力を奪われ神国を追放された巫女が登場する。名を黒揚羽といい、神話の中で描写される特徴をそのままなぞらえて具現化した女が、目の前にいた。
 その性質、酷薄ながらも淫靡な魔性の妖女と伝えられる。闘技に精通し、夢魔を使役する、戦いと淫楽を司る神として信仰する人々もいる。
 だがそれは伝説上の存在に過ぎない。狂信者を除いて実在を信じている者など居ないだろう。
 目の前の女を、己を神だと思って姿を真似た気狂いだと決めつけることは楽だ。しかし、サインにはそうは出来ない理由があった。
(アインバランテ一族の能力を狙う黒揚羽の伝説……)
 サインの一族には代々の家系図が伝わっていた。その家系図は女系で書かれており、男の名は載っていない。ただ一人だけ、頂点に書かれた全能の神の名を除いて。
 そのため、アインバランテ一族は黒揚羽に狙われるのだという言い伝えが残っている。
 無論、その家系図がいつの時代にか捏造されたのだろうとはサインも考えていた。言い伝えにしても、神話に名を残す神に狙われた人間が今まで生きている訳がない。母親も、祖母も、普通の人間だった。サインの持つような能力は持っていなかったはずだ。
 ならば目の前の女はただの気違いだろうか。しかしこの女は、ともすれば吸い込まれそうなほどの虚無感を漂わせ、見ているだけで体が脱力する。生きる意志、行動する意志をエネルギーとして吸収するといった雰囲気があった。
「ちょっと、なんなのさあんた。邪魔しないで欲しいね。それとも一緒に犯してもらいたいのかい?」
 サインの視線が自分からずれていることに気づいたシュレードが黒揚羽に詰め寄る。笑いが跡を引いているのか口元はだらしなくゆがみ、怒りを表しながらもへらへらと舌が踊っていた。
「愛しいあの人の因子、返して頂戴」
 シュレードを無視し、サインに向かった黒揚羽は何の感情も込められていない虚ろな発声で言う。無視されたシュレードは逆上して掴みかかった。
「無視するんじゃねえよッ! 聞いてんのかいあんた、トッザ、この女も犯してやってあげな…?」
 胸ぐらを掴むシュレードの手に、黒揚羽がそっと触れる。くるりと上半身をよじったかと思うと、シュレードの体は宙に浮いていた。
「うわぁっ!」
 背中から地面に叩きつけられる。かろうじて受け身は取れたが、強く背中を打ってしまう。
「な…こいつっ」
 訳も分からないまま体制を立て直して殴りかかろうとするが、今度は手も触れずに吹っ飛ばされる。突進した勢いのまま宙を舞い、立木へと叩きつけられる。
 シュレードは気を失った。
「…念動力かなにか? さすがは伝説の黒揚羽様だこと」
「アイキ…こんなことあなたがたには言っても無駄ね」
 何事かを言い出し掛けるが、小さく息を吐いてやめた。あきらめとも自嘲とも取れる行為だが、その声に抑揚はなく、行動に感情が伴っていない。
 黒揚羽が現れてからこれまでの間、トッザはずっと片手でサインを捉えたまま微動だにせずにいた。シュレードの助けに入らないところを見ると、怪物と化したトッザはおそらく既に自我を無くしている。とすれば、トッザがサインを襲う理由は何なのか、ただ精魔に取り憑かれただけならば、生前の衝動のままに女を襲うことも考えられる。しかし明らかに何かを待っている今のトッザは、まず何者かのコントロールを受けている。
 ならば、現状を考えればやはりそれは黒揚羽なのだろう。
「あなた、サイン・アインバランテね」
 黒揚羽が問う。
「…そういうあなたはどちら様?」
 サインは様子見とばかりに問いかけをかわす。あくまで自分のペースを崩さないつもりだった。
「その服…あんまりまともな人間の格好には見えないわね。かといって仙人だとか魔導師だとかって訳でもなさそうだけど? まさか本当に神話に出てくる黒揚羽さまだとでもいうのかしら」
「神話…そうね、あの人と過ごした日々は昨日のことみたいだけど、もうどのぐらいの時間が経ってるのかも分からない…」
 サインの問には答えない。ただ、サインの言葉になにかを思い出しながら言葉を漏らしている風である。
「随分と堂に入った役作りね。あんたのいう『あの人』ってのは全能の神クルタのことかしら? たぶらかそうとして、逆に力を奪われた?」
「ここはあの人の世界…その神話があの人の私に対する仕打ちよ」
 目を閉じ、軽くうつむいて言う姿は悲しみを表現しているようでもある。しかし、相変わらず静かに淡々と語る声に感情はない。
「これ以上話したところで埒があかないわ…お探しのサインさんとやらは、そこで伸びてる彼女の名よ」
「ふ…やっぱりあの人の因子を持つ女…似てるわね。ゾステロテロム、あとはまかせたわ。仕留めなさい」
 しれっとシュレードを指さして言うサインの虚言などは意にも介さず、背を向けて立ち去ろうとする黒揚羽。それに呼応してトッザが雄叫びを上げた。
「ぉ……あ……あ…!!」
「この…気持ち悪い声出すんじゃないわよ!」
 可聴域を下回る重低音はサインの肌を直接震わせる。振動は体の芯まで響きわたり、不快感が聞く者を襲う。
 ドクン、とトッザの体が脈打った次の瞬間、全身の筋肉が一回り大きくなった。サインの左手を掴むトッザの触手にも力が加わり、みしみしと締め付けてくる。
「く…」
 もう一段階、今度はトッザの全身がはじけた。粘液をまとった表皮とともに人間だった頃の名残である服が吹き飛び、筋繊維の隙間から幾本もの小さく短い触手を蠢かせている。
 唯一、かろうじて人間の形状を保っていた下半身では、巨大なペニスが脈打ちながらそそり立っていた。
(狂いなさい…)
 もはや姿も見えなくなった黒揚羽の、声だけがあたりに響きわたった。

(もう一人?)
(そう、クアナという娘が持っているはずよ)
(だけど)
(見えなくなったのはこの一ヶ月ほどの間。死んだなら分かるはずよ)
(*****が捉えた貴族の息子は…)
(小者よ、昔の枝ね。見えなくなったとき、そいつの近くにいた。探しなさい、******)
(分かったよ)

「ちょっとぉっ、前戯も無しにいきなり入れる気……っ!」
 黒揚羽が立ち去った後のトッザ=ゾステロテロムの行動は素早かった。圧倒的な力を持つ触手でサインを組み伏せると、腹部から伸ばした数本を服の裾から滑り込ませる。仰向けに転がされたサインの膝下から別の触手が這い昇り、邪魔な布を引きちぎる。そうしての先の発言であった。
 もちろんトッザがそのような戯れ言を気にすることもない。両足を大きく押し広げられ、なにも遮るもののないサインの陰部へ触手の先端が進入してきた。
「ひ……」
 ぬるりと冷たい感触が膣壁を舐る。その気色悪さに声が漏れる。嫌悪こそすれ快感とはほど遠い刺激だった。トッザたちの隠れ家で奇怪な化け物に犯された記憶がよみがえる。
 触手は進入を続けた。触手の先端は更に進み、サインにしてみれば寄生虫に内臓を舐められる触感だった。おぞましさに鳥肌が立つ。ひときわ太い触手が同じ穴を責め始めた。
「あ…いや…」
 先行する触手をなぞって別の一本が挿入され、膣口が拡がる。先端が胎内でにちゃにちゃと蠕動する。左右に開かれた両脚の中央で、触手が埋もれ、また姿を見せる。
「ふう…ん…あ…はぁ…はぁ…」
 不快感ばかりが先だった陵辱が、次第にサインの鳴き声を淫らなものへと変える。強制された運動にひぃひぃとあえぎを漏らし、同時に性欲を高ぶらせるメスの姿がそこにあった。
 背後に回ったトッザの頭--------巨大なナメクジか肥大化したヒルのような--------が、サインの首筋からあごの下にかけて潜り込む。目もなく、鼻も耳もなく、ただ空隙があるだけの口から先割れした赤い舌が現れた。性衝動に耐えて涙するサインの顔を、嘲るようにぺろりと舐める。
「く…この…?」
 とたんに、肉が腐り始めたような甘く吐き気のする匂いがトッザの舌から漂った。
「あ…ぐ…あ…あ…」
 匂いをかいだサインの体がぶるぶると震え始める。畏れでも、嘔吐きでもない。生唾があふれ出した。目を開けていられない。全身の筋肉から力が抜ける。
 それはこの上ない絶頂への誘いだった。身をゆだねてしまえば、至上の快楽が性器を通して全身を貫いてくれる。と、そう誘っていた。
 サインが恐慌に襲われる間にも、トッザの口と舌はサインの上半身を余すところなく舐め、吸う。絶えず粘液を分泌するトッザの頭がぬるぬると這い回り、そしてズルズルと音を立てて吸う。その過程で舌は淫液を塗りたくり、匂いは強まり、サインの意識は飛び飛びになる。
(ダメ…この感覚…これが精魔の…黒揚羽の眷属の力…?)
 ぬぷり。
「ひあぁ…」
 新たな快感がサインを覚醒させた。ヒダをまとわせた別の触手が、肛門から挿入される。堅いヒダと、大きなくびれを持った触手が、激しく菊座を出入りする。幾度も押し広げられながら、括約筋は意に反して強く締め付ける。障害物と筋肉の拮抗は強い刺激を産み、直腸内壁に放出される粘液はなおもサインの頭を狂わせた。
(はやく…本体を…このままじゃ力を使えない…)
 力とは即ち、テグエグの呼び出した怪物を操ったあの力。オルガスムスの波を利用して相手の精神をコントロールするいわゆる房中術の一種だが、相手もまた”性器”でなければ効果は期待できない。
 ずぷ…くちり…くちり…。
「ふぁぁぁ…ひい…あぁ…」
 ゆるゆると、陰裂へ挿入される本数がさらに増やされる。限界まで拡げられながらも奥へ奥へと飲み込み、意識せずしてサインの腰がうねる。理性は殆ど失われ、肉体は本能が支配している。
(ここで達してしまったら…)
 絶頂点という精神と肉体の衝突を媒体とするサインの能力は、日に何度も使えるわけではない。ひとたび高みに昇ってしまうと、消耗の激しいこの力は発動しなくなる。
 過去に一度、サインはそれで失敗している。賞金首である野党頭の元へ愛人として潜り込み、正体を知られて輪姦された。その直前、野党頭に抱かれたときに達してしまっていたため、能力が発動しなかったことがあった。
「はぁ…こ…これをちょうだい…ああ…」
 霞掛かった意識の中、サインは目の前に突き出されたペニスを手に取った。口にくわえ、それからそれを自らの股間へと導こうとする。このまま犯され続けては身が持たない。早く、トッザのペニスを胎内に迎え入れる必要があった。
 サインは、トッザがまだ自分の背後にいることに気づく。
「え…?」
 では、今まさに陰唇に突き立てられようとしているこれは誰のものなのか。答えはすぐに判明した。
 先ほど黒揚羽が昏倒させた野次馬達。彼らがゾンビのようにゆらりと立っている。白目のまま、口からは舌を垂れさせて、ゆらゆらとサインの元へと集まりつつあった。
「うそ…」
 トッザの触手が、サインの中から引き抜かれる。触手はそのまま全身を固定し、両脚をM字に拡げる。
 そこに男がのし掛かった。
 ずぷ。
 しとどに濡れた淫裂は容易に男の柱を導く。男はまるで機械のように腰を前後させ、激しく叩きつける。粘液を飛び散らせながら、男はすぐさま膣内に放った。
「やだ…ちょっと…ひ…いやぁぁぁぁ!」
 必死でふりほどこうとするが、強靱なトッザの触手はサインを自由にしない。どくどくと脈打ち流れ込む精液の感触に激しい嫌悪感と熱い喜びを感じる。
 間髪入れずに別の男がサインを犯す。今度は粘液と精液が入り混じりになった汚液をびちゃびちゃと弾きながらピストン運動を繰り返し、また中に放つ。
「ひぃ…やだ…やめて…」
 三人目がサインにのし掛かる。同時に四人目がサインの口腔内へと肉棒を差し込む。
「ぐちゅ…じゅ…ふむっ…げぇ…」
 操られて動く男たちは、誰もがすぐに放とうとする。セックスではなかった。ただ、犯す。穴に挿入して、射精するという行為をひたすら繰り返す。子宮に感じる熱が、そのまま意識を灼く。膣内で、直腸で、または口腔内で放たれる白い粘液はサインの理性をたやすく侵し
た。
 五人目、六人目が続いた。すぐに精液が胎内へと注がれる。
「…ぁ…ぁ…いやぁっ…やめ…ひぃぃぃぃ…」
 それは、群体と化した意志のないオスによる純粋なる陵辱であった。
「あひぃ…そんなに入らない…ぐっ…うっ…」
 力の入らない体をぐったりとさせて背後の怪物に預けたまま、新たな男の精が穴の中にそそぎ込まれる。風呂桶をひっくり返したほどの精液に身体を浸らせ、呼吸もままならない責め苦によって文字通り犯し殺されそうになる。
「はん…じゅる……ごく…ごくり」
 一息で飲み込めぬほどの量が繰り返し流し込まれる。吐き出すという意志は消えていた。
 ず…ず…ず…。
 男たちは一定のリズムでサインを犯す。機械仕掛けのように、寸分違わぬ動きをしては放出する。その行為の中に女を高ぶらせる要素は何もなかった。刺し、抜き、出す。ただそれだけだった。
「ひぃぃ…あ…ん…あぁん…かあ…」
 だが、確かに昇りつつある女の色を帯びた声でサインはあえぐ。それは脱力したサインの肢体を、あらゆる位置で絡め取るトッザの触手のためだった。犯す男の動きに合わせてサインの腰をくゆらせ、またそのものも内壁へと進入し耐え難い刺激を重ねる。
(耐えなくちゃ…ここでイったらあたしの負け…)
 かろうじて意識の残滓が歯止めとなっているが、それももうどれほどのことだろうか。狂い始めた自我と、とどまることを知らぬ快感。
(でも…トッザが自らあたしを犯そうとしなかったら…? このまま…延々と死ぬまで…?)
 腹部に熱い感触。続けて肛門へ進入してくるいやらしい触手の感覚。思考は中断される。
「ぁぁ…ぅん…ぃぃ…はぁっ、はぁっ…」
(もうこれ以上は…耐えたところで助けも来ない…だったら、いっそ死ぬ前にもっと…もっと楽しんじゃおうか…)
 そもそも、これまで一度も絶頂を迎えずに耐えたこと自体が奇跡にも近い。なんの訓練も受けていない普通の女ならば、とっくに気が狂っていてもおかしくは無かった。サインとて、例外ではない。
 肉を切り裂く音。
 また精液がそそぎ込まれる。何度、どれだけの量が子宮に流れ込んだか分からない。のみならず、腸にも、胃にも膨大な量を飲み込んでいた。考えれただけで狂ってしまいそうになる。
 人間を蹴り倒す音。体が軽くなる。
「う…ん…?」
 長い間、身体を戒めていた触手が解かれる。
「大丈夫か…あまり大丈夫ではなさそうだな」
 人の声が聞こえた。頬を叩かれる。
「遅かったのか? サイン、聞こえるかサイン姉さん」
 久しぶりに眼を開いた気がした。まぶたは重たく、視界が明瞭ではない。まず青い塊が見え、それから火花が飛んだ。
「なっ…」
「これでも気づかない…遅すぎたのか、もう一度っ」
「何度も叩くんじゃないっ!」
 がぃん。
 金属の板を殴ったような音がして、サインの右拳は金属の板を殴ったような痛みに襲われた。それでようやく頭がすっきりする。
「いきなり何をする、姉さん」
「それはこっちの台詞よバイアレル! 痛いじゃないの!」
 キアス村守護兵団隊長バイアレル、彼は顔面に負った火傷のために人前で素顔を表すことはなく、常に青い兜の面頬をおろしている。
「姉さんが俺の兜を殴ったのだろう。素手で」
「その前よっ。女の子の顔を2度も叩くなんて…」
 あちこち動かして自由になった体の無事を確認する。背後を見ると、首を失ったトッザが倒れていた。バイアレルが剣で薙いだらしい。
「女の子というトシでも無かろう」
「うっさいわね…助けに来たんだかトドメ刺すんだかハッキリしなさいよ…まったくもう、ぶつぶつ…」
「叩いたのは3度だがその様子なら心配はなさそうだな。さすがは姉さんだ」
「…忙しそうね」
 平然と会話をしているかのようだったが、喋りながらバイアレルは群がる男たちからサインを護っていた。操られていることは承知の上らしく、傷つけないように気を使って投げ飛ばしている。緩慢な動きのため、それで何とかなっていた。
「キアシアさんから…よっ…姉さんが化け物に襲われていると聞いて…ほっ…助けに来た…せいっ…」
「そう、あの子が無事にたどり着いてなによりだわ。ねぇ、バイアレル?」
「なんだ…そいやっ…うわぁっ、なんだこいつは!」
 バイアレルの青いプレートアーマーにトッザの触手が絡みつく。大きくもがいて見るが力強く巻き付く触手は一向に離れようとしない。
「それ、まだ生きてるから気を付けた方が良いわよ…って言おうとしたんだけど」
 首を失ってなお動く姿は不気味だった。切断口からは人間だった名残の赤い血を吐き出しながらも、ゾンビのような執拗さでバイアレルを締め上げようとする。
「ぬぅ…ふんっ!」
 自分の首へ這い寄った触手を両手で掴み引きちぎる。今度はそれを握ったままトッザを胴体ごと振り回し、掴みかかろうとしていた男たちをはじき飛ばす。
「相変わらずの馬鹿力ねぇ…はぁ、凄いわ」
「で、どうやればこいつは死ぬのだ。見てないで教えてくれないか」
 トッザを辺りの木へと叩きつけ、サインの方を振り返る。
「それ自身操られているようなもんなのよね。だから、動けなくなる程度に切り刻んじゃえば取り憑いてる精魔も諦めるんじゃないかしら?」
「承知」
 腰の剣に手を伸ばす。すらりと細身の曲刀を鞘から抜き放ち、奇声を上げて斬りかかる。
「いえぇぇぇぃっ!」
 とてもプレートアーマーに身を包んでいるとは思えぬ俊敏さを見せて、襲いかかるトッザの体を四肢胴体で寸断する。
 流石の化け物も力点となる関節部分が失われては動くことはできない。切断された触手もしばらくの間は蠢いていたが、やがて腐臭を発して溶けた。それと前後して操られていた男たちもバタバタと倒れる。
「彼らなら、じきに目を覚ますわ。それよりも…」
「それよりも、なんだ?」
「体を洗いたいんだけどね。水持ってない?」
「うわぁっ」
 全裸に精液というシャレにもならない姿に気づいて、バイアレルはとっさにサインから目をそらした。ぎくしゃくとした動きで乗ってきた馬の鞍から水袋と手拭いを取り、後ろを向いたまま近寄って手渡す。
「あんたねぇ…一体何年生きてんのよ。いい加減に馴れたらどう?」
「だ、だが、ご婦人のららら裸体というのはぎょぎょ凝視しては失礼ではないかと……」
「そりゃま凝視してたらタダのスケベ親父だけどさ。今時珍しい男よね」
 立ち上がることが出来ないのか、サインは座り込んだまま体を拭っている。どんな目に会おうと、精神的優位を崩さないための軽口は忘れないところがサインの性格をよく表していた。
「ねぇ、バイアレル?」
「今度はなんだ」
 背を向けたまま返事をする。
「こっちを見て」
「そそそその手には乗らぬ。俺をからかおうとしたって…」
「馬鹿、そんなんじゃないわよ。ほらあれ、キアス村の方角よ」
 サインの指さす方を見てみると、遠くに立ち上る黒煙が見えた。確かに村の方角だ。
「のろし…かしらね」
「のろしというのはあんなに4本も5本も上げるものでは無かろう。それにのろしにしては太すぎる」
「キャンプファイアー?」
「こんな明るいウチからキャンプファイアーもないだろう」
「とすると…」
「火事だな」
「火事ね」
 うんうんと頷き合う二人。
 一瞬後に顔を見合わせて。
 それから、
 二人は猛烈な勢いで馬を飛ばしてキアス村へと駆けていった。

 全部嘘なんだ。
(やっと見つけた)
 声が聞こえて顔を上げると、キアシアが居た。いつもの笑顔で微笑むキアシアだった。キアシアには嘘をついてしまった。
 あの日、あたしは酷い目に会わされた。でもそれはいつものことだった。あのとき、バイアレルさんが助けなければキアシアも酷い目に会わされていたのだろう。
 ましてやキアシアは無垢。汚れのない、可愛いキアシアなんだ。どれだけのショックを受けたかも知れない。
(ごめん…)
 死んでも阻止するべきだった。甘受するところじゃなかった。でも。
(許さない)
(え?)
 キアシアの顔が憎悪にゆがむ。嫌。そんな顔見たくない。
(あなた、何様のつもり? イミヒトのくせに、イミヒトの分際で)
 とたんにキアシアが遠ざかった。辺りが闇に包まれる。
(待って!!)
 あたしは悲鳴を上げた。ショックと、不気味さがあった。
 遠ざかる光の柱の中で、キアシアはこちらを向き卑猥なジェスチャーを交えて言う。
(あんたなんかね、人間様に犯していただいてご満悦かも知れないけど、私はイミヒトなんか嫌。喋るのも嫌。顔を見るのも嫌。なんでこの村に住み着いてるの? ケダモノ。クズ。汚らしい動物と淫らに交尾して産まれた呪われた子。母親が獣姦の使徒ならその娘だって)
(やめて!)
 耳を押さえても、頭を抱えてもキアシアがあたしを罵る声は聞こえてくる。ガンガンガンガン言葉で殴られる。
 それでもあたしは走った。遠ざかるキアシアを必死に追って、追いつけばやめてくれるような気がした。逃げても言葉は止まない。
(苦しむがいいわ。私を騙した罰。イミヒトだと隠していた罪よ。幸せというのは笑えると言うこと? よくいったもんね。あなたに心から笑えたことがあって? はっ、人の不幸を祝い幸せを呪うイミヒトがなにを言ってるのかしら。あなたなんかせいぜい男に媚びて擦り寄るための笑いしかできないのではなくって? あーっはっはっは!)
 ねちっこく、いやらしく、最悪の口調で、可愛いキアシアの口から罵詈雑言があふれ出す。そのたびにキアシアの顔がゆがむ。
(お願い、もう言わないで)
 あたしは泣いていた。涙を流す事なんて何年ぶりだろう。とっくに枯れたはずの涙が、キアシアに罵られた悲しみから絞り出されてくる。嗚咽を隠すこともなく、がむしゃらに走った。だけど体は思うように動かない。もっと早く走れれば、遠のくキアシアにも追いつくことができる。ただ、キアシアに謝るためだけに。
(『汝、何を欲す』)
(もとのキアシアに戻って!)
 不意に意識の中に文字が浮かび上がる。あたしは反射的に答えた。文字は溶けて消え去り、続いて別の文字が再構成される。
(『汝、何を贄とせん』)
(あたしなら死んだって構わない! だから…だからキアシアを元に戻して!)
 遠ざかるキアシアを追い掛けるあたしは、泣きながら文字に答えた。親に叱られた子供のように、ひぃひぃと泣きじゃくってわめいた。
(『ならば文字を紡げ、契約の二文字をその頭に紡ぎ示せ』)
(契約でもなんでもするから! お願い、キアシアを…)
 二つの文字が脳裏に瞬いた。
(『契』)
(『約』)
 とたんに全ての不安感が消え去った。体が軽くなり、空を飛ぶ鳥の心地になった。キアシアの居る光柱が近づく。
(すぐにそこへ行くわ)
 走るよりも、飛ぶ感覚だった。頬に感じる風は一足飛びに強まり、キアシアの姿はぐんぐん近づく。今まさに手が届くと言ったところで、光の柱がはじけた。
(あっ)
 目を開けるとあたしも光の中にいた。いや、光が辺りを覆い尽くしたのかもしれない。とにかく追いついた。
(…誰?)
 ようやく追いついたはずのキアシアは居なかった。目の前の女性は、キアシアではない。光のように白い肌を露わにさらした姿の女性がひとり立っているだけ。
 見事なプロポーションの肉体を隠そうともせず、ただ微笑んでいる。いつのまにか自分も服を失っていた。彼女は音もなくこちらへ滑り寄ると、あたしの腰に手を回して引き寄せた。
(我を受け入れよ)
 抗いがたい何かがあった。頭がぼんやりとして、あたしは女性に身を寄せる。暖かかな安心感に包まれる。白い指が肌の上をつるりと滑って股間をなぞる。
 果てしないまでの快楽と開放感だった。乳首とともにくすぐられただけであたしは溶けてしまった。その女性に全てを任せようと言う気になってしまう。
(我を受け入れよ)
 唇に唇が重ねられる。舌が鋭く進入してきて、むせぶような芳香に意識が占領される。女性の肉体が奇妙にゆがみ始めた。あたしの身体にまとわりついたまま、全身が長くのびている。指のない手があたしの両脚を大きく拡げて固定し、ヒダのついた指が花芯をもてあそぶ。
(やだ…いやぁ)
 口ではそう言ったものの、そんなのは全然本心じゃなかった。慰み者になったことはなんどもあったけど、これほど細やかな愛撫をされた経験はない。ねちねちと繰り返される優しい責めにあたしは没頭した。
 空気のように体温の感じられない何かが、拡げられた股間の奥深くへと挿入された。同時に口からも何かが進入してくる。両方がピストン運動を始め、快楽が強制される。
(うぐ…んーっ)
 不思議と息苦しくない。喉が占領され、呼吸すらままならないというのに気持ちよくすらあった。あたしは、夢心地のまま一回目の絶頂を迎えた。首筋から後頭部にかけて走り抜けるような快感を受けて、全身を小さく震わせる。
(ひ…あ…いい…)
 今度は肛門にも進入される。普段は吐き出す部分に何かが入ってくる感覚は格別だった。異常でもあったけど、気持ちが良かった。どろどろと内臓が溶けだしそうになって、お腹が熱くなる。
(我を受け入れよ)
 ピストン運動は止んでいた。ただ、挿入されたまま膣の中で何かが脈打っている。どくん、どくんと鼓動を感じる度に、あたしはイった。繰り返し、何度も。
(ひぃっ……ひいぃっ……ふぁぁ……だめぇっ……もうっ……許して……あはぁ…)
 気が狂いそうなアクメの波に飲み込ま
(我を受け入れよ)
 『それ』は、肉体にまとわりついたままどろどろと融けて皮膚へ染み込む。それすらも快感だった。意識は意識として存在することをやめた。脱力した肉体が地面に投げ出される。どこからか声が聞こえる。
(ゼルトゼンファエン)
 あたりを包んでいた真っ白な光の中で、再び起きあがった。眼を開く。眼球はどろりとした灰色。瞳はない。うつろなまなざしをただ中空へと向け、立ち上がり言葉を発する。
(キアシアはそんなこと言わない)
 クアナは夢から覚めた。
 煙を見て駆けつけたサインとバイアレルが村に到着したとき、火の手は既に消火など望めないほどの勢いとなっていた。襲撃でも受けたかのように、村のあちこちで出火している。
「これは…一体…」
 バイアレルが村を出てよりまだ何時間も経っていない。城下町と違って木造建築が多いキアス村だとはいえ、只の火事であるならここまで火勢が強まることもない。村を出たときに火事は発生していなかったのだから、延焼もさほどではないはずだった。
「たッ、隊長殿。戻られましたか!」
 護兵隊の一人とおぼしき兵士が転がりそうになりながらバイアレルに駆け寄った。バイアレルは鞍上にサインを残し、馬から降りて言う。
「落ち着け、状況報告を」
「は…、キアシアさんの話を聞いた隊長が村を出た直後、カイダン公邸を破壊して化け物が現れたのです」
「…カイダン公邸に化け物だと?」
 カイダン公といえばユーコン王国では知らぬ者が居ないほどの人物だ。実際に有する権力も相当なものがあり、主に警備を司る軍隊の頂点に座っている。キアス村にあるカイダン公邸は、一つは別荘的な役割をもち、またキアス村守護兵団で訓練を積む貴族の子息達の寮という役割を持っていた。つまり、守護兵団副隊長であるエメイズが住む館と言うことになる。
 兵士は続けた。
「化け物は家々を破壊しながら進行。倒壊した家屋から出火し、あちこちで火の手が上がっております」
「それで、その化け物は今どこに」
「はい、現在ヤツは…さきほど村人達が避難している教会の前まで迫り、そこで兵団の者が防いでいるはずです」
「よし、分かった。すぐに向かうぞ。姉さんはどこかに避難していてくれ」
 兵士に自分の意志を伝え、サインにも逃げるよう促す。
「やーよ、あたしもついていくからね」
「…わかった」
 言い合うだけ無駄なことは承知していた。時間もない。バイアレルはサインの意も問わずにすぐさま走り出した。
 そもそもが開拓民の村だったこのキアス村に限らず、自然と近しい生活を営む人々の間で広く信仰されている馬頭人身の神が居る。名をユーコンと言い、森と動物を守護する有角の神だ。文字通りユーコン王国の守護神でもあり、祖先の姿でもあったとされている。バイアレル、サイン、護兵隊兵士の三人が向かっている教会も、このユーコンの教会だった。村で最大の建築物であるこの教会は大事の際には避難所として使われる。
 だが、今回ばかりはそれが裏目に出た。馬に乗っているだけあって随分と先行したサインが、事態の異常さに気づいて声をあげた。
「…あれは…まさかローパー? どうして警戒区域外の魔物がこんなところに!」
 人肌色の醜悪な肉塊、隆起したグロテスクな太い血管、無方向的に突出して蛍光を発する海綿状の触手。見ただけで吐き気を催す奇怪な異形の生命が、今まさに教会のシンボルである角笛を叩き割って正面大扉を粉砕しようと打撃を加えていた。
「何をしている! 中に避難している村人を裏口から逃がさぬか!」
 バイアレルの怒号が響いた。ローパーは兵士の死体を棍棒代わりに扉へ叩きつけている。それを為す術もなく遠巻きに取り囲んでいた兵士達の間から声があがった。
「バ、バイアレル隊長!」
「申し訳ありません。我々の力不足からこのような事態を招いてしまい…」
「言い訳はいらぬ。扉が開かないと言うなら裏口の戸を叩き割ってでも避難させろ」
「それが…裏口にもこいつと同じような化け物がいるのです。同じく扉を叩き割ろうとしており、仲間が阻止に向かいました」
「もう一匹だと…?」
「は…切り落とした数本の触手が絡み合い、別の個体として活動を始めたものであります。剣は通じません! 力尽くで取り押さえようとした者たちは…」
 兵士は力無く化け物の方を見やった。腰から二つに折れている者、首があらぬ方を向いている者、そして、おそらく生きたまま棍棒にされ、今はもう息絶えている者。計三名の兵士が全身から血を吹き出して死体となっていた。
 怪物の本体は高さにして2メートル弱。確かに数人がかりならば力で押さえつけられそうにも思える。しかし、幾本もの触手は人間の首など楽にへし折る力を備えていた。
「きゃぁーっ!」
 バイアレルが手を下せないでいるうちに、とうとう教会の扉が破られた。中にいる村人達があげた悲鳴のうち、かん高い女性の声ばかりが良く通って聞こえる。キアシアもおそらく中だろう。
「…いかん。突撃するぞ! 触手は切り落とすな…本体へ剣を突き立てるのだ!」
「はっ」
 あとに兵士達の声が続いて、彼らは決死の突撃を開始する。全員が、落命をためらうときでは無いのだと心得ていた。

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