少女鬼畜輪姦その4


 高い天井。夕暮れ時。明かり取り窓から差し込む光がホコリに散乱されて光の筋を浮かび上がらせる。赤い筋は、夕焼けの陽光ではなく紅蓮の炎が作り出したものだった。
 どぐっ、どぐっ、どぐっ、と、くぐもった打撃音が連続して続く。拝殿に並ぶ木椅子を積み重ねたバリケードの向こうで、大扉が悪魔的な鈍声を発していた。
「ひぃぃ…」
「ままぁ…ぱぱぁ…」
「う…ううぅ…」
 巨大な有角馬頭人身の像、ユーコン神が祭られた祭殿の手前に大勢の怯える人々がうずくまっていた。神像に向かい過去の罪をひたすら懺悔する者、自分たちが一体何をしたのだと神を呪う者、必死で昨夜のワガママを親に謝る子供、涙を流して抱きしめるしか出来ない母親、身近に迫った死に対して、実に善良な人生を過ごしてきた彼らはあまりに無力すぎた。
 どぐっ、どぐっ、びしり。
 扉に使われた樫の樹木組織が崩壊する音が混じり、怯える民衆は一様に息をのむ。扉には裂け目が走って塗装内面が露出していた。いくつもの力無い悲鳴がこぼれ落ち、彼らの弱い精神が着実に疲弊していく。
「みんな、良く聞け」
 頑固そうな中年の男が進み出て声をあげた。視線が集まる。
「残念だが、あの扉はもうすぐ破られよう。護兵隊の方々も戦ってくれていると思うが、あの化け物相手にどこまでやれるかも分からぬ」
「ガラス村長…あんた何を?」
「良いか、みんなはそっち側のすみへ集まるんだ。わしは反対側から化け物の注意を引きつける。その間に隙を見つけて外へ走れ。良いな」
 それだけ言うと、キアシアの父ガラス・テイルは大扉の脇へと寄りそった。手には丸椅子を一脚逆手に持っている。
「お父さん…」
 我が家へ戻るなりサインの危機を訴え、息をつく間もなく化け物の襲撃。父娘の再会シーンなど望むべくもなくキアシアは状況に流され今に至る。
 ぴしゃり、びしゃり。木という材質は、一カ所に穴が開いてしまえば負荷が集まりやすい。裂け目は見る間に広がり、そこから人の上半身が血塗れで現れた。扉壊しの棍棒代わりに使われた兵士だ。鎧は壊れ落ち、全身に木片がささくれ立っていた。
「ひぃ…イチキ…いやぁぁぁぁぁぁ」
 半狂乱となって子を呼ぶ母の声が聖堂にこだました。その兵士の母親らしき中年女性が突進しかけて取り押さえられる。
 強度を失った扉がメキメキと力任せに壊され、ローパーの触手がぬるりと姿を現した。触手が器用に扉の内側のカンヌキを外す。そして扉は開け放たれた。
「この化け物め、貴様の好きにはさせぬぞ!」
 丸椅子を振り上げたガラスが化け物に向かい叫ぶ。扉から進入してきたローパーのあまりの醜悪さにひるみはしたものの、勇敢にも躍りかかって椅子を叩きつけた。
 ガラスの渾身の力を込めた一撃がローパーの本体に食い込む。打撃を受けた部分が人肌色から紫に変色し、水紋のように広がって、消えた。
「!?」
「お父さん!」
 触手が一閃し、ガラスをはじき飛ばす。両手に持った丸椅子もろとも跳ね飛ばされ、聖堂の壁に激しく衝突した。
 ローパーは再び怯える人々へと向き直る。幾重にも分かれた骨のない下肢をぬめぬめと波立たせ、無力な人々を餌食にしようとにじり寄る。
 ぐしゅ。
「うぉぉぉぉぉぉ!」
 背後から剣を逆手に持ったバイアレルがローパーに斬りつけた。突き刺さった直刀の傷口は異様な匂いを発してブクブクとあわだつ。
「だぁぁぁぁぁぁ!」
「いぇぇぇぇぇぇ!」
 続けて二人、三人目と護兵隊の兵士がローパー本体に剣を突き立てる。黒い液体がしぶきを上げて飛散し、ローパーが身をよじる。
「ほ…ぁ…ぁ…ぁ…!」
 ほんの一振りだった。化け物の身震いに触手がうねりをあげ、取り付いた三人の兵士をあっけなくはじき飛ばす。再び、ローパーはおびえ固まる村人達へと標的を定め直す。
 ぬるり。
「いやぁぁーっ!」
 不気味に蛍光を発する黄色い触手が一本伸び寄り、一人の女性を捉えた。本体の元へと引き寄せると、何の前触れもなく突如として女性の股間を貫いた。
「ぎ…いぃ…」
 唐突な挿入の痛みに喉が鳴る。悲鳴を上げる間は無い。
「フィルリエーっ………げぇっ…」
 おそらくは夫であろう男が、助けに入ろうとして殺された。首に巻き付いた触手が彼の首の骨を一瞬にして砕く。頸動脈が破裂して血液をまき散らした。
「あ……あは…あぁぁぁ…」
 目の前で夫が無惨に殺され、自分は奇怪な化け物に操を奪われ今なお犯され続けている。股間に突き立てられた触手は粘液を分泌しながら力強いピストン運動を繰り返していた。快感は無く、ただ犯されているという意識のみが感覚の中で凝集される。
「ひぃ…ぁぁ…やめて…見ない…で…」
 目の前で繰り広げられる残酷な獣姦から、人々は目が離せなくなっていた。だがそれは官能からではなかった。
 犯されているという感覚はフィルリエと呼ばれた女性一人のものだった。異形の化け物に追いつめられているという状況は、他の人々にとって命の危機でしかない。恐怖の波浪にさらされた彼らは、誰一人として彼女の頬が火照り始めたことには気がつかなかった。
「ひぁぁぁぁぁぁーっ!」
 フィルリエは唐突に絶頂を迎えた。純粋な快楽からではない。右腕を失ったショックからだった。ローパーから生える触手の一本に、巨大な口が裂け現れていた。びっしりと並んだ鋭い歯から血をしたたらせ、かじり取った肘から先をさも美味そうに咀嚼していた。
「あぁぁ…う…く…ひぃぃーっ!」
 一層激しくなった触手のピストン運動に、今度は真に官能からのオルガスムスを迎える。痛みは感じなくなっていた。肢体をガクガクと震わせながら、小水をまき散らして全身で快感を訴えていた。
『ちがう…きあしあではない』
 口が言葉を発した。声は数カ所から同時に生じている。触手という触手の全ての先端が、凶悪な歯をむき出しにした肉食の口腔と化し、同調して言葉を発していた。
 そして、口々が一斉に彼女の肉体をかじり始める。
 ローパーの持つ鋭利な歯は優秀なナイフの役割を果たした。柔らかな女体を音もなく削り取り、血しぶきも散らさず、そしておそらく痛みを感じる暇もなく、女は腰から下を残して喰らい尽くされた。
 己の肉体がかじり取られていく間、彼女の頭は最後まで恍惚とした表情を崩さなかった。その様子を、誰もが慄然と見続けていた。
 ぐち、ぐち、ぐち、ぐち、ぐち、ぐち。
 一本の触手が、なおも下半身のみとなった肉体を犯している。主を失った腰部が突き上げられるたび、両脚が生々しくもエロティックに躍動した。
『きあしあはどこにいる』
 口々が再び狂気を宿した声を発する。
『おまえかおまおまおまえかおまえかおまおまえおまえかおおおまえかおまえか』
 個々の触手それぞれが集団に向かって襲いかかった。たちまち集団の中から女性ばかりが捕らわれる。悲痛な叫び声が重複する。恋人を、妻を、娘を奪い返そうとした男たちは無惨に殺された。再び悲鳴が聖堂内の空間を席巻する。
「いやぁーっ!」
「お父さぁぁぁぁぁん!」
「助けてぇぇぇーっ」
 まさしく異常な光景であった。警戒区域外とされる領域の怪物には、おそらく人語を解する怪物など居ないだろう。女性のみを捉え、犯し喰らうといった行為は明らかに知能の存在を感じさせた。ましてやはっきりとキアシアの名を呼ぶ以上、この化け物は何らかの目的を持って現れたとしか考えられない。
「ひぎぃぃぃぃ」
「きゃぁーっ!」
「ぐぅぅ…」
 再びローパーは捉えた女達を犯し始めた。無尽蔵に生え分かれる触手を絡みつけ、宙に固定した身体を貫く。優に二十名を超える女達が、教会の聖堂で異形の怪物の餌食となった。悲鳴と、涙と、破瓜のしるしが混じり合い、助けようとして無謀な特攻を見せた男の死体が積み重なる。
「でぇぇぇーい!」
 叶わないことを知りながらも、何とか意識を取り戻したバイアレルが再び剣を構えて飛びかかる。2、3本の触手を薙ぎ払い、本体へ剣を突き立てる。
『ばい…あれる、きさまかばいあれる。おれのじゃまばかりするやつめ。きあしあはこのおれがおかしてやる。ころしてくらうのはおれだ』
 バイアレルの首に触手が絡みつく。兜のおかげでいきなり絞め殺されるまでは至らなかった。だが、宙づりにされて首に体重がかかり、相当に苦しい。
『いやしいへいしのぶんざいで、はい・ひゅーまんのまつえいたるこのえめいずさまにはむかおうなどみのほどをしるがいい。そこでみているがいい』
 一本の触手でバイアレルを宙づりにしたまま、エメイズを名乗ったローパーは触手の躍動を激しくした。女達に突き立てられた触手はぐちゅぐちゅと泡沫を飛ばして挿入を繰り返し、恐怖と淫楽を狂気の中で高ぶらせていく。男たちの死体が積み重なる中、大勢の女性のあえぎ声が淫奔なレイクエムとなって聖堂の中をこだました。
「…助け…て…サイン…さ…」
 キアシアもまた、その大勢の女性の中の一人となってローパーの蹂躙に喘ぎ苦しんでいた。おぞましい化け物に犯されているという意識が、野党に捕まり水ワームという奇態な蟲に処女を奪われた狂おしい記憶となって脳裏を支配する。
『どこだきあしあ。おかしてやるぞ。ばいあれるからうばってやる』
 ローパーとなったエメイズの意識は、もはや怨念でキアシアを求めるのみとなっていた。手中にいるキアシアに気づいているのか居ないのか、狂気の裂け目はただひたすら同じ言葉のみを繰り返す。
「ひぃ…いい…」
「痛いよぉ…お母さん…お父さん…」
「んあっ…あっ…あっ…」
 死体と血臭を幾重にも床にぶちまけて、誰にも止められぬ淫虐の宴が始まった。
 バイアレルの太く高い怒声が、聖堂の中から聞こえてくる悲鳴を凌駕して響く。
「…いかん。突撃するぞ! 触手は切り落とすな、本体へ剣を突き立てろ!」
「はっ!」
 後に二人の兵士が続き、計三名の騎士達が死地へと駆け込む。それを馬上のサインは落ち着いた目で見守っていた。
「…さて、と……何かあたしにできることは…」
 なにもできやしない、とは行かないところがこの女のしぶといところ。たとえ着る服が無くマントを羽織っただけの姿であっても、足掻かないのは損という考えだ。
 このサインの最大の武器といえば、己の肉体を触媒とした役氏房中術と呼ばれる性魔術だ。”破壊”という観点から見て、ヒトのメスはオスに対して肉体的に脆弱である。一方、内的な面では女性は男性を遙かにしのぐ”衝動”を持っている。精神・精魔論ではこの衝動の力を『魔力』と称する。本能を核とした魔力を操るサインの技は、性の営みを支配することで万物のコントロールが可能となる。森羅万象、まぐわいという行為を行わないものはない。そのため、役氏房中術は理論上ではあらゆる対象を操ることが出来た。それは万物のオスに限らない。
 しかしサインの能力では、『手』である触手を胎内に導いたところで効果は見込めない。対象は『根』である必要があった。相手が人間ならばともかく、何処が根だかも漫然とした化け物と策も無しにまぐわうことは自殺行為に等しい。
「で、あたしにできることは……」
 全ての騒音が掻き消える。
『おとなしくあの人の祖因子を渡すと言うのは、いかが?』
 サインの耳は静寂の中で声のみを捉えた。
 一瞬後に喧騒は元に戻る。はっとして辺りを見回すが誰もいない。鞍の下で馬が汗を流して怯えている。先ほどの声にも語句にも、サインは覚えがあった。
「さっきから…一体あんたは何の目的であたしの周りをうろついてるの? 黒揚羽ととかなんとかいっちゃって、神の名をかたる変態女ッ!」
「お前たちが勝手にそう呼び始めただけのこと…名乗ってなどいない」
 黒い影が背景から染み出すように現れる。光沢のない黒布を幾重にも重ね合わせた独特の装束の、表情のない女が馬の目前へ歩み寄る。馬は身体をがたがたと震わせ、ともすれば脂汗でサインの乗る鞍が滑り落ちそうなほど、常軌を逸しておびえていた。
「…トッザが化け物になったのもあんたがやったのね?」
 返事はない。
「そうだとしたら、あんな子供だましでこのサイン様をどーこーしようだなんてちょっとばかし考えが甘かったようね」
 黒揚羽は相変わらず無言でサインを見続けている。まるで根比べだった。
「あたしを追い掛けて何を探しているかは知らないけどね、見ての通り今は素っ裸で何も持ってないの。残念だけど他を当たってみたらどう?」
 国王直属騎士の証である紋章入りのマントでヒラヒラと扇いでみせる。ちらりと見えたサインの身体は、確かに一糸まとわぬ曲線を覗かせた。
「そう、本当に気づいていないらしい。ならそれも好都合……ゼルトゼンファエン」
 黒揚羽が淡々と語る中、その奇妙な衣装の隙間から白い片腕がすらりと現れる。同時に背後で家屋が崩壊した。
「こ…今度は何!?」
 がらがらと崩れる、というよりも徐々に沈没していくと言うべきだった。基部が失われたがゆえに掛かる想定外の応力で柱や梁はひとたまりもなく砕け、メキメキという木材のは破砕音のみを残して静かに潰れてゆく。
 一軒の家が、静寂の中で崩れ落ちた。
「…?」
 重なり合って崩れた木材の隙間から、白炭色の液体がわき出す。ゲル状の液体が木材を包み込むように広がり、ぐずぐずと消化していた。
 粘液の一部が突起を形成し、それが人の姿を取る。全身は一様に白炭色のゲル体だったが、髪型や顔面の細部が形作られるに至り、はっきりとした容貌を浮かび上がらせる。短くあまり整わない髪、自己犠牲に満ちた悲しげな瞳。
 サインはその顔を知っていた。キアシアの幼なじみ、のみならず、自身の血縁。
「…まさかあなたまで精魔に……クアナ」
 顔を驚愕にゆがませて、サインは黒揚羽を睨み付けた。奥歯がぎりぎりと鳴った。
「何のつもり…これもオマエの仕業っ!? クアナが何をしたって言うのさ、狙うならあたし一人を狙えばいいだろうっ!」
 だが、サインの雄叫びは黒揚羽に届いていなかった。
 一見まったくの無表情だった。
 しかし、
 黒揚羽の顔が僅かに翳り、口元が揺らぐ。
 まさか。
 確かにそう言っていた。しかしサインにその声は聞こえない。
 考える暇はなかった。粘液が形作るクアナの唇が開き、笛の音の声で彼女は叫んだ。
「ィィィキ…ァァア……ィシー………アァァアアァアァァアァアアア!!」
 壮絶な高音で発せられた呼び声の尾が鼓膜を貫く。聞こえぬ声が延髄を揺さぶる。黒い光が視界をネガ化し、目の前から黒揚羽が消滅。サインは全ての知覚を失って昏倒した。

 愛撫などという回りくどい行為は無かった。突如として何本もの触手に縛り上げられ、尻を高く上げさせられた。屈辱的な姿勢のまま、衣服の隙間から進入してきた触手に性器を貫かれた。
 化け物は肉欲とも言えぬ暴力性を露わにしてキアシアを襲った。やわらかな胸も、白いうなじも、なだらかな臀部でさえ、この触手を統べる怪物には単なる人間の部品でしかない。ただひたすら、犯す意志のみが股間に叩きつけられる。穴をえぐられる。
「うぅ…ぐぅ…あひぃ…」
 ゆっさゆっさとキアシアの身体が前後に律動する。長い髪が揺られてばらけ、汗で首筋から肩の上に張り付いた。
 怪物は延々とキアシアを犯す。キアシアは肉体的苦痛と同時に精神的にもダメージを受け、ほころび始めた自我が淫楽という逃避を求め始めた。脳幹を通過する苦痛が、快感に変わる。精神の逃避はやがて正気を蝕み狂気と化した。
 それはキアシア一人の危機ではない。
「隊長を離せぇっ!」
 一人の兵隊がエメイズ・ローパーに斬りかかる。うなりをあげて襲いかかる触手に胸を強打されてはじき飛ばされた。金属の鎧が打ち当てられた触手の形にゆがんでいた。
「にげ…ろ…」
 首に巻き付いた触手によって宙づりのまま締め付けられながらも、バイアレルはなんとか息を残していた。部下達の手に余ることを察して退避を命じようとする。
 バイアレルのみならず、犠牲者は他にもいた。
「ぐぅぁ…んっ…痛い…あぁっ…」
「助けて…お願い…赤ちゃんが…うくぅっ!」
「ひぃっ、ひぃっ…んぁ…」
 荘厳な聖堂の中、多くの女性達がローパーの手に落ちている。露わな殺意で締め上げられているバイアレルと違い、彼女らは服を剥ぎ取られてひたすら犯された。その数、十数名。まだ十歳にも満たないような幼女から、年若い妊婦、さらにはその母親に至るまで、ありとあらゆる女性が粘液のしたたる不気味な触手によって否応なしに貫かれ続けている。
『きあしあはきあしあはおれのものだどこにいる』
 狂ったエメイズの自我はひたすらキアシアを求めた。彼にとって女性の特徴を持つ肉体は全てキアシアに見え、なおかつ手に取った全てはキアシアではなかった。延々と一人の女性のみを追い続ける地獄にエメイズは居た。
 溢れ返る暴力性で男を殺し、支配と嗜虐を欲して女を犯した。そうするより他になかった。
 泣き声と狂乱が薄暗い聖堂の中でどろどろと渦を巻く。
 どろり。
 まるで狂気が形を持ったかのように、天井から一筋の白い粘液が垂れ落ちた。手足を押し広げられたキアシアの背中に冷たく広がる。
「…ひ…ぃ?!」
 粘液はなおも垂れ続けた。やがて一筋は二筋、三筋と数を増し、次第に他の女性の肉体やローパー本体を包み込み始める。
 粘液がローパーの触手や本体に触れたとき、肉が焼ける音がした。
 じゅう。
『ああああああああああああああああああ』
 天井から現れたスライムが、ローパーを消化していた。エメイズが悲鳴を発して暴れ始める。何故か捕らわれていた女性は溶かされなかった。
 消化される痛みに女を犯す余裕を失ったローパーの触手は女性達を解き放ち、彼女らはねっとりと絡みつく粘液にまみれたまま次々と全裸で逃げ出した。
「げほ…む…何事だ…」
 締めつける触手がゆるまり、その好きを逃さずバイアレルも脱出する。窒息状態に陥りかけていたせいで身体が思うように動かない。喉もやられ、絶え絶えにしか声が出ない。
 直前までバイアレルをつるし上げていた化け物は、触手を無茶苦茶に振り回して暴れている。全身に付着した粘液が音を立ててローパーの肉を消化し、見る間に溶け落ちる。
『ああああ……あああああああ…ああ…あ』
 吼え立てる悲鳴も次第に力を失っていく。全ての触手が消化され、もはや声は発せられなくなったとき、ローパーの本体である人肌色の肉柱は動きを止めた。
「ひぃ…ひぃぃぃ…助けて…助けてぇ…」
 あまりに唐突な化け物の最後を呆然と見ていたバイアレルを含む数名の生き残り達は、悲痛な鳴き声を耳にして我に返る。キアシアの声だった。一度は触手から解き放たれたキアシアだったが、他の女性を意に介さなかったスライムがなぜかキアシアだけは逃さずにいた。ローパーの触手は消化されきっていたが、スライムの粘液がキアシアの体を絡め取る。
 優しい声が聞こえた。
『ナカナイデキアシア……モウダイジョウブ。アタシガマモッテアゲルカラ…』
 上品な笛の音の声で、粘液から盛り上がって現れた人形がヒューヒューと話しかける。声は異質だが喋りによどみがない。粘液に半身を包まれたキアシアを優しく地に下ろす。
 キアシアは粘液の怪物に話しかけた。
「クアナ…あなたクアナなのね? どうして…どうして……」
 訳も分からず、泣き崩れるキアシア。それを見て人形は優しく言った。
『ワカラナイ、ユメヲミテ…アナタニアヤマリタイトオモッタラ…』
 粘液の人形は僅かに震えて悲しそうな表情を作る。
『デモネ、ソノオカゲデ、アナタヲタスケラレタノヨ。ヒリキナオンなはだまっておかされていればいいんだよ!』
 突如として口調が変わる。ヒュルヒュルと喋る笛の音はゴロゴロと唸る下品な声に変化し、人形が潰れて消えた。同時に粘液は鋭く伸びてキアシアを再び捕獲する。
「クアナ…?」
 その変化にキアシアは付いていけない。驚愕の表情を浮かべる間もなくスライムに取り込まれる。消化されずに残ったローパーが歪み、本体の肉柱の中心辺りにはっきり人間の男根だと分かる突起が現れた。長さにして数十センチはあろうかという、太さにして10センチはあろうかという巨大なペニスが粘液を突き抜けて屹立する。
「やだ…え…いや…やめて…クアナ…?」
 スライムは粘液とは思えぬ力でキアシアの両脚を大きく拡げて固定。緩慢な動きで粘液にまみれた巨根を挿入しようと身体を導く。
「どうしたのクアナ…やめて…お願いクアナ…」
『だれがくあなだ。いみひとのむすめとこのえめいずさまをまちがえるなどぶれいにもほどがあるぞ』
 粘液がごぼごぼと沸騰するようにして声を発する。豹変した声色の主はエメイズと名乗った。たった今クアナ=スライムが消化したはずの触手の化け物の名だ。
 彼は、群体生命であるスライムの新たなコア意識としてクアナの身体を支配していた。
『おかしてやろうきあしあ、わがたねをはらめるこうえいにかんしゃするがいい』
「いやぁぁぁぁーっ!」
 キアシアは激しく首を振って抵抗の素振りを見せる。しかし上半身しか自由にならず、粘液に包まれた下半身はびくともしない。自由になる両手で己の性器を隠そうとするが、自身をたっぷりと包む粘液に阻まれて意味をなさない。
「いや…あ…入らない…そんなの…助けてクアナぁ…」
 怒張したペニスがキアシアを包む粘液にめり込む。じゅくじゅくと飛沫を上げて男根が粘液を突き破る。相貌を崩してキアシアが泣きじゃくる。
『はーはははははなけよわめいてみせろよ。ばいあれるたすけられるならたすけてみろ』
「…エメイズ…婦女子を辱めるばかりか……そのような姿になってまで執着するなど、ユーコン貴族の誇りも捨て去りおったか!」
『きこえないなあ。かとうなひにんのぶんざいでこのえめいずさまになにをいおうというのだ』
 剣を杖にようやく立ち上がったバイアレルが、かすれた声でエメイズに言う。酸欠の後遺症から快復しきれていないためか、声量も出ず語勢に力もなかった。ひとたび立ち上がったバイアレルであったが、再び地面に崩れ落ちる。
「くっ…サインよ…こうなった以上オレはどうなっても構わぬ。封印を…ぐ…」
 最後の気力だけで、バイアレルは身を起こそうと唸る。その目の前で粘液がぐずぐずと沸き上がり、一人の男を形作った。エメイズの姿だった。
 エメイズの輪郭がゴボゴボと話す。
『ほおらきあしあ、もうすぐきもちよくなるぞあえいでないてよろこべよ』
 巨大なペニスの先端が拡げられたキアシアの股間に押し当てられた。陰唇が歪み、円弧にそって大きく口を開け始める。
『おまえがよろこぶすがたを、ばいあれるにみてもらおうじゃないか。よいこえをだすがいい』
 エメイズの手が、バイアレルの兜を鷲掴みにして持ち上げる。キアシアの目の前に兜を寄せて、見せびらかすように彼女の体を拡げた。
「やめてぇ…バイ…バイア…ひ…ぁ…見ないで…ふ…へぇ…えぇ」
 頭を激しく振り回して涙を流しながらキアシアは薄笑いを浮かべる。恐怖と安堵が折り重なった状況の中、羞恥と絶望と崩れかけた精神がキアシアの正気を着実に狂気へと腐食させていった。
 サインは夢を見ていた。

(……精魔が精神に負けただなんて、笑えない冗談ね)
(私見ではありますが…ゼンファエンは支配されておりますな)
(……劣性の枝にそんな力があるとは思えないが)
(支配しているのはあの娘ではございません。もっとも強力な魔力、純粋な生存本能の結晶…我ら淫魔が最も苦手とするエネルギーの持ち主。即ち…)
(……そういうこと、迂闊だったわ…ならば手出しは難しいか)
(御意)
(貴族の男に憑いたエルンケルはどうした)
(依り代がゼンファエンの母体に…枝に飲み込まれました。失われるのも時間の問題かと)
(ならばじきに戻るか…残るはあの人の力を継ぐ娘サイン…)
(…)

 ひょろひょろとした体躯の男が裸であぐらをかいている。股間には細くも異様に長い男性器が血管を浮き出させて屹立していた。その男と抱き合いながら、同じく全裸の女が腰を揺すり続ける。そのたびに細いペニスが女を貫いた。
 二人はこの姿勢のまま、既に何時間もセックスを続けていた。男は手を両膝の上に置いて印を結び、殆ど動かない。女はリズムを変えながら体を上下に動かしてひたすら快感を貪っているように見えた。
 その間、女は何度も体を細かく震わせて絶頂を迎えていた。それとは対照的に、男は一度も精を漏らしていなかった。
 まるで彫像を相手にでもしているかのごとく、女は一人で喘ぎ続けた。
「はぁっ…はぁっ…はぁっ…」
「どう? 気持ち良いでしょ?」
「身体が…勝手に動く…やめ…やめなさい…」
 男の首に両手を回し、抱きついた格好で女が喘ぐ。男は微動だにしていない。ただ女のするにまかせたまま、にやにやと薄笑いを浮かべているだけだ。
「僕は何もしていないよ。君が勝手にいやらしく腰を動かして居るんじゃないの」
「そんな…こんなのはあたしじゃない……ひぃっ…」
 女は、言葉と行動がかみ合っていない。身体を揺するリズムと喋る呼吸のリズムが明らかに食い違っていた。だが女の声からは確実に快感を読みとることができる。体の運動がだけが恣意的ではなかった。ぎくしゃくと、まるっきり操り人形のごとく女は喘いだ。
 ずるずるずるずる。
「ひ…い…ぁ…あぁーっ…」
 液体をすすり上げるような音が下品に響く。女の肉体がビクリと跳ね上がり、崩れ落ちる。
「さぁ…まだ7回目だよ。これで終わりだなんて君も物足りないだろ?」
「…もう…止めに…して…」
 ぜぇぜぇと息を切らして女は言う。男は軽薄に笑って言った。
「人に物を頼む時はどうするんだっけ? こないだ君が自分で言ったばかりじゃない」
 男の目が楽しそうに弧を描くと、快楽に火照りきった女の顔が屈辱にゆがむ。涙がにじみ、諦めを伴った声で懇願した。
「お願い…し…ま…」
 ずるずるずるずるずる。
「ひぁ…あ…くぁ…」
 言葉の半ばにして再び雑音。とたんに女は腰砕けになり、男の首へとしなだれかかる。音の出所は二人の結合部だった。不思議なことに、これだけ女が官能を露わにしているにも関わらず床には愛液のひとしずくさえ垂れていない。
「うふふ…これで終わりの訳がないだろ? 竜宮の封印が解けたんだ。邪魔が入る前に君の力は全部頂くよ」
「…最初から…それが目的で…」
「そんなの当たり前じゃないか。君の能力は封印されてたわけだし」
 意外だ、とでも言いたげに男は話す。男にとって、そうすることは当然のことだった。
 女の体が再び運動を開始する。貫かれながら女は絶望の表情を浮かべ、意識の底で抵抗することに疲れ始めているように見えた。意志を持つヒトの顔から、次第に本能を貪るメスの顔に変わりつつあった。
「どう? 気持ち良いんでしょ?」
 ぐったりとした頭をなんとかもたげて、ひぃひぃと、艶めかしく半開きの唇が喘ぎ声を漏らす。千々に乱れた髪の毛が、ひたいやうなじにだらしなく張り付いている。
 そのままの姿勢で、とぎれとぎれの言葉が続いた。女は、男への隷属を宣言した。
「…は…い…気持ち…良い…で……っっ」
 弧を描く男の目がますます細まり、女の体がびくりと激しく躍動する。全身の筋肉を反り返らせてあらゆる嬌声を喉の奥にのみ込み、血しぶきが飛ぶほどに唇を噛みしめて女は八度目の絶頂に耐えようとあがいた。
 男の口が嘲りを込めてゆがめられる。それまで微動だにしなかった男は、そのとき初めて一度だけ腰をくゆらせた。
 刹那、女は牙を剥いて咆吼を発した。
 獣の形相となった女は、髪をざんばらに逆立てて、鋭く尖った両手の爪で男の腕をえぐった。ごうごうと音を立てて口から光を吐き、肌を煌々と輝かせ、目と言わず耳と言わず肉体の穴という穴から血液を迸らせてなおも叫んだ。
 女は3日の間光を吐き続け、4日目に跡形もなく消え失せる。
 それは、誰もが知る神話の一節を繰り返しているようでもあった。

 かすかに痛む頭をさすって、サインは目を覚ました。
「んん…なによ今の…」
 まだ脳裏に鮮明な映像を残している幻。夢で見た女はつい先頃目にした顔だった。
「女のほうって…黒揚羽、よね…」
 男の顔にも見覚えがあった。だが、知らない顔だった。確かに記憶にはある。しかし知らない。いつ、どこで見知った顔なのだろうかと、まるで起きたまま夢の中で考え事をしているような、つかみ所のない奇妙な不安感を伴っていた。
「不感症みたいな顔して、アレでも女は女なのかしらね…」
 神話に名を残し、自分の命を狙って現れた伝説上の女。その人物が男に抱かれて悶えている姿を夢に見た。この事が何を意味しているのか、サインには分からない。予知か、過去見か、千里眼か、それとも何者かが作為的に見せた映像なのか、幾ら思いをめぐらせても結論は出ないように思えた。
「それよりもさっきのクアナは一体……」
--------ギャアアアアアアアアアア--------
 つんざく獣の悲鳴。再び辺りが音圧に打ち震える。咆吼は通り過ぎるように止み、立て続けに教会から数人の男女が飛び出してきた。
「うぁぁぁぁっ」
「ば、化け物だ!」
「逃げろッ、殺されるぞ!」
 化け物って…何をいまさら…。と、サインは少々シラケながら十数名の逃げまどう人々を眺めた。筆舌に尽くしがたい怪物と化したエメイズを前に、つい先ほどまで声も出せないで怯え、狂い、絶望の中で死を賭してまで女達をがむしゃらに救おうとした男たちが、今度は率先して逃げ出している。ただし、今度は女達も一緒だ。続いてキアシアの父ガラスも気絶したまま彼らに引きずられて出てくる。
「これは、つまり…」
 つまり、彼らの意識で捉えきれる程度の化け物が出現したことに他ならない。そうして初めて彼らは”生存本能”を思い出すことができたのだろう。
 バイアレルが教会の中に飛び込んだとき、男たちは中に居たはずだ。とすれば、バイアレルの助けを受けてすぐに逃げ出せた訳ではない。彼らの言う別口の”化け物”が、その後で現れたということになる。
 サインが意識を失う前に見たあのクアナ=スライムだろうか。
 そうとも思えない。
 ならば…
 サインはある確信を持って教会へ走っていった。

 崩れ落ちた大扉の瓦礫を乗り越え、サインが聖堂へとたどり着く。視界を遮って立ちこめる煙とともに青臭い刺激臭が漂っていた。
「バイアレル!!」
 サインの予想が正しければ、そこには人々に化け物と罵らせるだけの余裕を持った異形がいるはずだった。恐怖で千切れそうな精神を自己犠牲のヒロイズムで誤魔化す必要のない、いわば本能が許容できる範囲に納まりきる怪物が現れ、彼らに逃げ出すという行為を思い出させたのだろう。
 果たしてサインの予想は形を持ってそこにいた。
『いぃ…いぃぃぃぃ! おのれ…おのれおのれおのればけものめぇぇぇ!』
 駆け込んだサインの前で、怒りに満ちたエメイズの金切り声が聖堂内にいんいんとこだまする。
「うぇぇぇ…うぐーっ…ひぃーっ…げぁ…えぇぇ!」
 嗚咽混じりの泣き声はキアシアのものだ。粘液の化け物に肉体を捕らわれて、彼女はなかば発狂していた。両目を飛び出さんばかりにむき出して、涙と唾液をたれ流しながら恐怖を訴え、エメイズ=スライムの捕縛から逃れようと無茶苦茶に手足を振り回している。
 そこに青い鎧の男が居た。
「エメイズ…愚かなるエメイズよ」
 仁王立ちで怪物と対峙し、絞り出すようにして淡々と語る。
「貴様が手を出した力は人ならぬ精魔の力。いずれ喰われて微塵も残さず消滅するぞ」
『ばいあれる…ばいあれる…おまえは…おまえはなにものだ、なにもの……』
 消え入りそうな悲鳴をキンキンと上げるエメイズ=スライム。粘液に包まれた本体であるローパーの茎は、落雷を受けたように中心から焼けこげ、ささくれていた。禍々しく黒い体液を吹き出し、絶えずスライムに消化されながらもローパーの肉茎はびくびくと震えている。
 一方。
 顔の右半分を隠すように垂らされた長いシルバーブロンドの頭髪。射すくめる眼孔を備えた漆黒の左目がスライムを見据える。言うまでもなく男は兜を脱いだバイアレルその人だ。
 ただ一つ、尋常な人間とは違う部位があった。それが人々に彼を化け物と呼ばせた原因だ。そして、そのためにバイアレルは兜を身につけて生活しなければならない。額にそびえ立つ、1メートルほどの白く細長い角。
「オレが何者かなど貴様に話す筋合いはない。精魔に魅入られた哀れな男としてキアシアさんを解放すれば良し、さもなくば怪物として焼け死ぬか!」
 バイアレルが右手を高く掲げた。額の角がピリピリと青白く光る。帯電した大気が渦を巻き、銀髪を逆立たせる。下から現れた顔の右半分は、ケロイドで般若のごとく吊り上がっていた。
「そこまでよバイアレルっ」
 今にもその右腕を振り下ろそうとしていたバイアレルを、背後からサインが蹴り倒した。バイアレルは顔面から床に倒れ込み、バチッと大きな音がして電荷が床に抜ける。
「…何をするんだサイン…姉さん」
 床に転がったバイアレルは、一瞬の間をおいてから冷静に起きあがった。不信の目をサインに向ける。
「その様子だと気づいていないみたいね。あなたが焼き殺そうとしているスライムはクアナよ」
「何を言っている。あれはエメイズだ。現にああしてキアシアさんを捉えているじゃないか。早く助け出さないと彼女が危ない」
「ひぃーッ、あ…ああーっ!!」
 下半身をスライムに包まれ、なおも逃れようともがくキアシアの姿がそこにあった。先ほどのバイアレルによる一撃で捕縛はゆるみ、うつぶせの格好で床に達している彼女は、逃れようとして爪で地面を引っ掻いている。血がにじみ始めている指もあった。
「議論している場合じゃなさそうね…キアシア、今助けるわよ!」
「あ…あい…あいんあ…」
 キアシアの目がサインの姿を見止め、わずかながらの理性が戻ったように見えた。目を丸くして、母に抱かれた赤子のような安堵の微笑みを浮かべる。
「バイアレル!」
「おう」
 再び右手を頭上に掲げるバイアレル。顔を隠す髪の奥で右目が赤く光る。
「キアシアの奪取が優先よ、彼女の足元でスライムを焼き切りなさい!」
 バイアレルの右手が振り下ろされ、額の一角が目標に向けられる。たちまち裂けた空気が音波となって鼓膜を襲い、爆風とも言える風が激しく吹き荒れた。
「あぁぁぁぁーっ」
 キアシアが叫ぶ。彼女にも少なからぬ電流が流れたのだろう。長く尾を引く悲鳴が、ショック死を免れたことを物語る。もとより死ぬことはないと言う確証がサインにはあった。
「引っ張るわよッ!」
 すかさずサインが駆け寄ってキアシアを両手で掴み引き寄せる。彼女の体に粘着していたスライムは、足先の部分で異臭を発して切断されていた。
「あーっ、あいーっ!」
 まだいくらかの粘液が体に付着したままであったが、一応の自由を得たキアシアは、しゃにむにサインに抱きついた。幾度も生命の危機にさらされ、度重なるストレスから意識の死を逃れるために退行を起こしたキアシアにとって、今は何度も自分を助けてくれたサインだけが唯一のよりどころとなっていた。そのサインを、キアシアは両手でしっかりと捕まえた。
「わぁぁぁぁーっ、うあぁぁぁぁぁ…」
 サインのはだけた胸に顔を埋めてキアシアはひたすらむせび泣いた。これまで身を守るために散々張りつめさせていた心をゆるませて、残ったわずかな気力をあらかた費やして、肉体が持てる力の限り精神を癒そうと彼女は泣いた。生まれ落ちた赤子が感情分化の始まりとしてあげる産声、感情無き衝動の奔流であった。
 すがりつこうとするキアシアの身体をバイアレルに預け、サインはゆらり、ゆらりとスライムの元へと歩み寄る。無防備に、ただ瞳ばかりが執着をもって怪物を睨み付けていた。
「…バイアレル。キアシアを連れて外へ出なさい」
 怒りを絞り出したような声でサインが静かに言う。眼光はあくまでも怪物を照らし、もはや振り向く素振りも見せない。
「一人で…いや、聞くまでもないことか。姉さんが弱音を吐いたところなど見たこともないし、見たくもないからな」
 バイアレルにはサインが笑ったように見えた。だが、実際には振り返ってすら居ないのだからそんなはずもない。全ての衣をかなぐり捨てた赤毛の女神が今、狂ったように獲物を求めて擬手を伸ばす粘液の怪物へ身体を放り出して叫ぶ。
「さあ、あたしを犯しなさいこの化け物! そしてこの身をむさぼるがいいわ!」
 怪物はひゅうひゅうと喉笛を鳴らして泣いていた。
『アア…キアシアハドコヘイッテシマッタノ、アタシノキアシア、アタシガマモッテアゲルカラモウダイジョウブヨ!』
 化物はぐるぐると唸りながら雄叫びをあげた。
『ぐぅる…おのれおのれおんな! じゃまをするならきさまからころしてやるおかしてやる!』
 無目的にうねっていた粘液で出来た無数の触手は、その一本が触れた柔らかな獲物の肌を全体で感知してたちまちサインに襲いかかった。触手の津波といっても良いほどの圧倒的な質量が瞬く間に彼女の四肢を絡め取る。全身の肌がヌルヌルとしたまさぐりを受け、息が詰まりそうな胎動の中でいつのまにか自分が貫かれていることをサインは知った。
「く…ぅ…そう…よ…さぁ、あたしをもっと楽しませてちょうだい!」
 下腹部の内部に熱いカタマリが挿入されたと思うと、次の瞬間には冷たく硬いざらざらした触手となって内壁を擦りあげる。温と寒、柔と剛、快と苦との凄まじい暴力的な愉悦が、サインの全身を優しく激しく愛撫する。充血した乳首が硬いヤスリ状の粘液肌で擦りあげられ悲鳴を上げそうになると、次の瞬間にはゆるゆると官能的にうごめく触手が肛門に挿入されて脱力してしまう。かと思うと首筋を暖かなナメクジが這いずりまわり、そして大きく開かれた股間に巨大な剛直が子宮も裂けんばかりに突き刺さる。ありとあらゆる、まさしくありとあらゆる肉体的悦楽がサインの神経をずたずたにしてしまおうと攻撃を仕掛けてきていた。
「あぁ…あ…ぃーっ、い…すごい…あうぁ……んーっ……」
 過剰な刺激がサインの総身を容赦なく高ぶらせ続ける。神経は腫れ上がり、感覚は異常なほど敏感になっていた。
 もし外から見たものが居たとするれば、その者は不気味に絡まり合いぐちょぐちょと混ざり合う触手の巨大なカタマリがもはや誰もいなくなった聖堂の真ん中でぐつぐつと蠢いている様を見たことだろう。
 外部に突出した触手は、すぐさま内部へ潜り込もうと触手同士の間へずるずると潜り込む。そうやって中へ中へと潜り込み続ける触手塊は、自らの身を喰らい続ける呪われたメドゥーサの頭のようにも見えた。
 その核として、サインは埋もれている。中心を求め潜る全ての触手は、サインの膣を、口腔を、肛門を、さらにはその奥を求めてうごめいた。億を数える精子がたった一つの卵子を犯すために子宮を走り抜けるように、サインの身体を無数の触手がぬるぬると蹂躙した。
 いつそれを迎えたか、そしていつまで続いたか、彼女には全く分からなかった。ただ、仇を追い求め追いつめた怒りばかりが、オルガスムスの波にまみれたサインの能力を発現させていた。

「あなた…あたしが分かる?」
「…誰?」
「誰でもいいわ。よかった、まだ意識は残ってたみたいね。今すぐあなたを助けてあげるからね」
 不意にクアナは自分の身体を抱えていた女性を突き飛ばした。怯えた表情で自らの露出した肩を抱きすくめてから、不思議そうな顔で腕や指や足など身体のあちこちを確認し始めた。
「あたし…不気味な…汚らしい化け物に変身して…?」
「大丈夫、安心して。あなたはちゃんと人間に戻れるわ」
 女性は子供を言い聞かせるように、切々と語りかける。不思議と心が落ち着いた。一体自分はどうしてしまったのか、そもそも此処は何処なのか、そういった全てもこの女性にまかせてしまえば安心だという気分が心を撫でつける。
 クアナはたずねた。
「…あたしを助けに来たの?」
「違うわ」
「え?」
「あいつを…あたしの娘を滅ぼしに…」
 驚いたクアナが女性の顔を見上げる。彼女はクアナの背後を鋭い眼光で憎々しげに見つめていた。つられてクアナは背後を振り返る。
 光に満ちた闇の中、少し離れた場所にその女性と同じ姿を認めた。いや、同じではないが、怖ろしいほど似ていた。年齢はおよそ十代半ば。目の前の女性よりも、一回りほど若い。
「クアナちゃんのイドの底へようこそ、サイン・アインバランテ。それとも、ようやくかな? とうとう? いまさら? ま、おいらにしてみれば時間の言葉なんかどうでもいいんだけどね」
「アスタシア…」
 サインと呼ばれた女性は立ち上がると、全くの裸身を隠そうともせずにこちらを見据える少女と対峙した。年齢に合わない淫猥な流し目でこちらを嘲視し、次いで彼女はサインを嗤った。
「くっくっく…バカだね人間。バカだよ人間。まだその名前が忘れられないのかい。この身体を追って来たんだろオマエ? 穢れた肉の容れ物を取り返そうと?」
「黙りな精魔、アスタシアを返してもらうよ」
「返して欲しいのかい? あーはっは、なんならあんたの愛娘の肉体が、この2年間で何人の男に犯されたかって記憶もオマケに付けてやろうじゃないか。俺が、この身体で何人の男の精を吸ってきたと思う? アスタシアちゃんのオマンコを忘れられない男が、いったい何人いることやら、こいつばっかりは流石の俺にも数えられないけどね!」
 ひたすら語尾をつり上げて只ただ挑発を繰り返す少女の目が愉快そうに弧を描く。サインは奥歯を噛みしめて嘲弄に耐えた。
「バカだね人間。最初に言っただろう? オマエの娘、アスタシアの魂はおいらが喰っちまったってさ? 帰って来やしないんだよ、強いて言うなら、おいらがあんたの娘なんだからさぁ」
「それも…あたしの娘を喰ったのも黒揚羽だかなんだかの差し金か…」
 あくまでも静かに、たぎる怒りを言底へ込めた呟きがサインの喉を締め上げるようにして紡がれる。
「違う違う、あのおねーちゃんは罰ゲームが終わったばかりでなんもしらないよ。髭さんは気付いてるかも知れないけどおいらの味方だし、モウ一人は優等生過ぎてこんなところまで目が届かないんだろうしね。くっくっく」
 さも可笑しそうに、身体をくの字に折って笑い転げている。サインに似て気の強そうな、しかし幼さと朴訥さを感じさせる小さな顔が、醜悪な笑みをたたえて嗤う様はグロテスクを通り越して淫靡ですらあった。
「その身体でそれ以上喋るな…今すぐあんたを消してやるよ」
「へぇ? 残念だけどこの身体はおいらのだぜ。ナニが気に入らないのかな、ひょっとしてこぉんなことしたりすると怒っちゃったりする? あぁ〜ん、きもちいぃ〜、なんてねぇ?」
 少女は立ち姿で片膝を上げると、見せびらかすように開いた股間へ指を這わせた。もう片手では僅かに膨らんだ乳房をがむしゃらに揉みしだき、自ら小さな乳首を際だたせて刺激する。4本の指をまとめて秘所へ突っ込むと、激しく動かしていやらしい音を立てた。
 ともすれば破裂してしまいそうな激情を理性で踏みにじり、サインは静かに語り始めた。
「あんたが何をしようと、それは全て予定された行動よ。確かに彼女は全てを知っている。そうだな、愚かな精魔よ?」
「何を言って居るんだい? くっくっく、あのおねーちゃんは何も知らないって言っただろう、彼女って誰のことさ。そいつはおいらの知ってる人なのかな?」
 彼女という言葉を聞いて、微かにびくりとした少女の表情は懸命にそれをうち消そうと懸命に懸命に浮ついた調子で嘲笑した。サインは続けた。
「心当たりがあるでしょう。その昔、まだミもチもタマも神もヒトも精魔ですらひとつ所に暮らしていた時代が在ったわね。お前はその頃のことを覚えている、そうだな精魔よ?」
「だ…だったらどうだっていうんだよ」
 自分の言葉を少女が肯定した。それを聞いたサインは口元でわずかに呟く。
(ひとつ)
 ガシャリ。
 少女の右足首に枷が現れる。それは単なる鉄の輪だったが、少女の足を完全に封じていた。
「な、なんだこれぇッ! 動かない?!」
「動けないわよ。あたしは言霊で文字を封ずることができる…あなたがた精魔は、式に憑くのよね」
 ゼンファエンは完全に固定された右足をそれでも解き放とうと必死の形相で暴れていた。焦りと苛つきから悪態をついて言う。
「くそっ、外れやしない! 式ってのは何のことだ!」
「あたしは文字を封じ、貴様は右足を捕らえられた。ならそこで式とは文字のことだって、なんで気付かないの? この阿呆」
「にっ…人間の分際で、誰がアホウだッ!」
(ふたつ)
 ガシャリ。
 左足首が枷で封じられる。両脚を封じられて初めてゼンファエンは理解した。目の前の女が、この身体の親であるサインが、ひとりの人間が精魔を封印する術と心得ていることを。
「な…なぁ…嘘だろう…? この俺が……」
「愚かね…助けて欲しいの? おとなしくアスタシアの身体を返せば考えないでもないわよ」
「だから…それは出来ないっていったじゃないか……」
「それでもいいわ。戻らないなら……せめて親の手で滅するまで!」
「いやだっ、俺はまだ消えたくない!」
(みっつ)
 ガシャリ。
 三番目に腰部へ鉄の輪が現れると、少女の下半身はほぼ固定された。
「く…う…冗談じゃないぞ……こうなったら!」
 少女の目がクアナを睨む。突然クアナは意味不明の激情に駆られ、目前のサインに背後から襲いかかった。不意打ちを食らったサインはクアナに殴られて地に転がる。
「…え…? あたし…何を…?」
 瞬間的に我を取り戻すクアナ。しかし今度は彼女の心で絶望的な不安感が膨れ上がった。下半身を固定されながらも悠然と構えた少女が言う。
「こっちへこい、クアナ」
 逆らうという思考は微塵もなく、招かれるままクアナはふらふらとゼンファエンの元へとたどり着く。身体をぐらりと傾かせ、少女へ寄りかかるようにして上体を預けた。その肩を少女がしっかりと抱く。
「ダメよクアナ!」
 叫ぶサイン。しかし脳震盪をおこしているのか立ち上がることが出来ない。ダメと言われ、とっさにクアナはそうなのかと考えた。しかし身体は既に捕らわれ逃れられない。
「これでいいんだよ……サイン、あんたの封術はどうやら強力なモノらしいね。俺はここから逃れられなくなった。だから、俺はクアナを喰うことに決めたよ」
 喰う? 依然として巨大化した不安感に圧迫され続けているクアナは、その一言で容易に恐慌状態へと陥った。
「いや…あたしを喰うって…どうしてそんな……あなたは誰……いや…」
 それをみて美味そうな笑みを浮かべた少女は、クアナの股間へ、つるりと指を這わせた。
「正確に言うと喰われるのは俺の方かな…君のココから、俺は君の心をいただく」
 少女の指先がずぷりと挿入される。クアナはその部分から不思議な安心感の広がりを感じた。安堵に目を閉じ、少女へ身を任せた。微笑みすら浮かべた表情でクアナは気絶する。背後からクアナを抱え、少女は局部をえぐり続けた。
 クアナの性器は緩やかながらも貪欲に少女の指を呑み込み続けた。次第に五指を呑み込み、掌が埋まり、手首、肘、上腕と肉体を飴細工のように延ばした少女は捻れて頭までもが胎内へと吸い込まれやがて全てが消え失せる。サインはただ呆然とそれを見ていた。
「クアナ…」
(拒絶)
 そのときクアナの下腹がまばゆい閃光を吐き出し、サインの頭に何らかの意志が発する声なき声が響いた。
「…?」
 その声が何なのか、そもそも誰の意志なのか、思索する間など無いまま閃光を浴びたサインは意識を失った。やがて彼女は聖堂の床で目を覚まし、自分が現実に戻って来たのだと知る。そして、クアナが元の姿で転がっていることに気付くだろう。
「分からないことだらけ…分からないことだらけよ!」
 赤毛の少女、クアナがサインに詰め寄る。頑丈そうな木製の丸テーブルを囲み、サイン、クアナ、バイアレル、キアシア、そしてこの家の主であるガラスが席に着いていた。窓の外はもう暗くなり始めている。
「あの少女はなんだったの!? あたしは…あたしはいいの。どうせイミヒトの娘よ。この先だってたかが知れてるもの!」
「クアナ、そんなことをいうものじゃない」
「おじさんは黙ってて! キアシアが…どうしてキアシアが…あたしのせいなのよ…全部…」
 奥歯すら噛み砕きそうな悔恨の中で泣くことすらできず、ただテーブルに突っ伏すことしかできない。そんなクアナ様子を見て、キアシアは不安げにバイアレルを見上げた。あの一件以来キアシアの精神は未だ取り戻されていない。純真な、無垢な、曇りのないその瞳で見つめられる度に、クアナの心はノコギリで裂かれるように傷ついた。自らのカルマだと、全て背負い込もうとしている。
「……わかった。話すわ…知ってる限り…」
 サインが口を開く。その話は冒頭から常識を外れていた。
 --------あの子…といってもクアナしか見ていないわね。おそらく今回の騒動の元凶、アスタシアは……15年前、あたしが12歳の時に産んだ娘。理由なんか聞かないでね。彼女は2年前、精魔に喰われたらしいの。あたしもどういうことかよく分からなかった。とにかく、アスタシアは行方不明になった。それからあたしはアスタシアを追い続け、ここ、キアス村に居ることを知った。
「オレのことも話してしまって構わないぞ。もう見られてるからな、どうせ、ここを離れなければならん」
 --------そうね。この鎧男、バイアレルは見ての通り人間じゃないのよ。
「見ての通りは無いだろう」
 --------見た目じゃ分からないけど人間じゃないわ。
「何かひっかかる言い方だが…まぁその通りだ」
 --------今じゃ神話か昔話ぐらいにしか残ってない種族のことは知ってるわね。パント、ゾルビ、ニホン、アライン、そしてユーコン。まだ他にも居るけど、彼らは五神民と呼ばれる大きな種族だった。
「アライン…?」
 --------そう、クアナ・アライン。今まで姓を捨てて生きていたのでしょうけど、あなたはアライン神民の末裔よ。ゾルビとアラインはイミヒトとして人々に忌み嫌われるようになり、そしてゾルビは早い内に殺戮された。この経緯については残念ながらあたしも知らないわ。とにかく、そこにいるバイアレルもユーコン神民唯一の純種としての生き残りなの。
「…唯一と決まったわけではない」
 --------他に居るかも知れない生き残りを捜してるんだっけ? 何百年も。
「…」
「…何百年…?」
 --------ユーコン王族は対外的には精霊ユーコンの代理として国を治めているとしている。バイアレルは、王国にとっても特別な存在なのよ。
「オレの存在が公になれば…国が転覆しかねないからな……」
 --------精霊である神民、精神である人間、精魔である魔族…今回の事件は精魔が精霊の末裔クアナを狙ってのこと、だと思うわ。クアナの心を揺り動かし…付け入る隙を無理矢理にでも作るために…
「どこから…どこからが精魔とやらの思惑だったというの!?」
 --------それは分からない。奴らの正体すらあたしにはまだ分からないのだから……ただ一つ言えることは、これはあなたが産まれるよりもずっと昔からたくらまれていたことの一部でしかない、ということよ。
「じゃぁ…じゃぁあたしはどうなるの? あの化け物少女が、あたしの中に入っているのよ?!」
 --------それはあたしにも分からない…ただ…神民と人間の大きな違いに精神防護能力があるの。人間は極限状態に置かれたとき、今のキアシアのように幼児退行を起こして精神を防衛するわ。幼児の精神というのは、複雑すぎて精魔は太刀打ちできないらしいのよ。でも、神民にはそれがない。だから精魔はそこを狙う。心を揺さぶって揺さぶって、強引に隙を作って入り込む。
「やっぱり、あたしは人間じゃないのね…」
 --------神民と言っても、肉体的には人間と何ら変わりはないわ。ただ存在が異なるだけ……どっちが高級かなんて言えるモノではないの。いい、クアナ。これはあたしの考えなんだけど……あなた妊娠しているわね?
「…あれだけ…毎日毎日犯されて……妊娠するなというほうが無理よ…!!」
 --------最後に聞こえた声…あれはのっぺりとした拒絶の感覚。あなたのお腹の赤ちゃんが、母胎を守るために淫魔を祓おうとしたんだと思うわ。奴はそれを知らずにあなたへ入り込み、おそらく…消滅した。
「あたしの…赤ちゃんが…?」
「どうして精魔があなたを狙ったのか、エメイズやトッザにまで取り憑いたのは何故なのか、あたしにも分からないことはいっぱいあるわ。でも、これがあたしの知る限りよ。クアナ、あなたに対する脅威は去ったと考えても良さそうなことだけは言えるわ」
 ふうと溜息を付き、腕を組んでサインは話をやめた。
(黒揚羽、なんていう変態女も居たけど…)
「ガラスさん、オレはこれからここを離れるつもりだが…どうだろう、キアシアさんはオレが連れていこうと思う。旅に出ればそれだけ刺激も多い、それだけ早く心を取り戻せるかも知れない。危険もあるだろうが、オレが守る」
 立ち上がったバイアレルが真摯に言う。キアシアの父ガラスはあまりに突然な申し出を受けて目を丸くしていた。
「バイアレル…あんた自分で何言ってるか分かってるの?」
「…え?」
「よしわかった、バイアレルくん、もともとそのつもりだったのだから、キアシアは君にやろう。そうと決まれば早速式の手はずを整えようじゃないか」
「バイアレルさん…今の……誰が聞いてもプロポーズよ」
「…へ?」
 不意に日常を取り戻した喜びに嬉しさを隠せないガラス。こいつは何百年生きても変わらないわねと呆れ顔のサイン。鎧男の慌てぶりを見て落ち込んでいるのがばからしくなったクアナ。そして何故そうなるのか未だに分からず、バイアレルはただオロオロとするばかりだった。
「さて…あたしは少し夜風に当たってくるか…」
 酒瓶を取り出したガラスを中心として騒がしくなり始めた部屋を後に、サインは暗い表情を浮かべて出ていった。
 翌朝、サインは意志の光を微塵も持たぬ完全な廃人と化していたところを発見されることになる。
--------クアナ・アライン
 あれから10年という月日が過ぎ、クアナは一人の男児を出産していた。名をアランと言い、愛くるしさと聡明さから村内でも神童とうたわれるほどだった。素直で賢く、人なつこいアランは嫌味なく育ち、評判はすこぶる付きで良い。ただ一つだけ人々の眉をひそめさせることがあった。「どうしてあの親の子に産まれてしまったのか」と。
 クアナの荒み方は激しかった。アランが小さい頃はまだ良かったが、アランが家事を手伝うようになってからは酒に溺れることが多くなった。ユーコンの首都であるバルアキ市へ行った帰りに、母親が盗賊団に殺されてから特にそれは酷くなった。一日中家の中で寝転がっており、やることと言えば酒を飲むか男を連れ込むか。妻子あるものはともかくとして、独身男たちはクアナを娼婦のごとく扱った。当然のように、周囲の目は冷たい。アランが居なければ、村を追い出されていても仕方がないと思われていた。
 もちろん理由はある。少なからず思いを寄せていたバイアレルはキアシアを連れて旅に出てしまった。表立っては迫害されないものの、騒動の原因がクアナにあると決めつけた村人達の差別はいっそう厳しくなった。
 そして、廃人となったサインの世話という問題があった。
--------キアシア・テイル/バイアレル・サンキ
「ねぇバイアレルぅ、今日はどこに泊まんのぉ?」
 天真爛漫な笑顔で問いかけるキアシア。とはいえ、口調はよそに外見は既に立派な大人という年齢である。周囲から奇異の目で注目されることは致し方なかった。
 彼らには一つの目的がある。先史発掘プロジェクト発祥の地であり、古代超文明の遺産が数多く再現されたと言われる先端都市アライン。ユーコンの地にあってはアラインのことなどうわさ話に聞く限りで、バイアレルとても確信があるわけではない。そこに行けば何か解決の糸口が見つかるかも知れない、キアシアを元に戻すことも出来るのではないかとの考えであった。
 そして、廃人となったサインの精神をも取り戻せるかもしれない。
--------黒揚羽
(まずは、ひとつ)
(竜宮からの連絡は御座いましたか…?)
(いいえ…あちらにはあちらの都合があるのでしょうね…)
(お次は…やはり?)
(ええ…ゼンファエンがしくじった…あの子…)
(……)
(どうしたの…?)
(…いえ…なんでもございません)
(そう…)
--------サイン・アインバランテ
「ねぇッ…はやく…頂戴…ねぇ…?」
 地下室、一組の布団の上で全裸の女性が悶えていた。足を開き、盛んに催促している。
「なぁ…これは…?」
「あなたが気にすることじゃないわ。ほら、求めてるじゃないの。犯してあげなさいよ」
「ああん…」
 赤毛の女性が一人の男をけしかける。布団の上で淫靡な仕草をしながらただひたすら男を求めている女性は、サインだった。
 話しかけようが頬を叩こうが何の反応も示さない、植物状態で見つかったサインは、丁度一年後の日に狂人となって目を覚ました。奇声を張り上げて男を求め、何度犯されても満足することはない。疲れれば眠り、食事を与えればケダモノのようにむさぼる。あらゆる尊厳を捨てて獣欲のみを凝縮した本能の姿がそこにあった。口をついて出る言葉と言えば、性的な単語と、その催促ばかり。知性の存在は見いだせない。
 自分の名前は呼ばれれば反応することや、時折発するクアナやバイアレルの名前から、記憶が残っていることは分かった。だがそれが何だというのだろうか。判断や意志行動といった知性的活動は何一つ無く、ただ喰らい、排泄し、眠り、オスを求める。まさしく動物的存在としての人間を、今のサインは体現していた。
 殺すことは出来なかった。仮にも、クアナを救った者なのだ。
 このジレンマが、クアナを荒ませた一つの原因だった。
 気が狂いそうな嬌声の中、ときたまクアナは口の堅そうな男を選んでは家に連れ込み、サインを犯させた。そうでもしなければ自らが狂ってしまいそうだったからだ。毎夜毎夜、外までは届かないが、オスを求めるサインの声はクアナの家の中へ響く。その声はクアナをも狂おしい心地にさせる。それを治めるためには、文字通りオスを与えるしかない。
 仕方がない。そうしなければ自分が狂う。
 誰か、何とかして。
 そうしてクアナは酒に逃避していった。

inserted by FC2 system