陵辱ファンタジジアその4


そもそもが、こんな姿勢で眠れるはずがなかった。

べたべたと身体に張り付くドレスは不快きわまりなく、2本の梁に橋のように身体を反らし、預け、四肢と首の動きは鎖で奪われ、加えて轡に開かされっぱなしの顎は、疲労の極に達し、私の精神は、あわや発狂寸前のところまで追い込まれていた。

だが、己の弱さ、もろさがまねいたこの屈辱に、私の心は張り詰め、狂気に逃げることなど、決して許されてはいなかった。

それでも、こんな無理な姿勢にありながらも、襤褸雑巾のように犯され、疲労困憊した私の身体は、休息を求め、しばしの活動を中断しようとしていた。

その度に、狙っているかの様に、奴が私の眠りをさまたげる。

大きく足を開き、固定され、常時、獣の欲望を受け止め処理することを義務付けられた私は、その夜、ほとんど2、3時間おきに、そいつのペニスを受け入れさせられ、文字どおり性欲の便所として、精液を注ぎ込まれ続けた。

昼のようにひとのサポートもなしに、その3本のペニスが全て、同時に膣口におさまるはずなどあり得なかった。

一本は入れど、残り2本は空しく遊ぶ。あるいは膣口よりほぐれた肛門に滑り込む。あるいは、2本がそれぞれ二つの穴に入り込み、一本はむき出しの陰核に擦り付けられる。

そんな試行錯誤をくり返し、やがて高ぶり、いきり立った獣は、3本を膣口に潜り込ませることを諦め、妥協し、そのまま激しく腰を動かす。

そして、そのたびにあわれなちいさな膣や、直腸いっぱいに膨張したペニスに、デタラメに内臓を抉られ、精液を溢れさせられた。

「うげ....げふ....」

糊のようにねばつく粘液と、恐ろしいほどに膨張した凶器のせいで、わずかのすきまからも漏れ出さぬ精液が、次第に下腹に満ち、内臓を圧迫する。水責めの拷問にも似たこの苦悶から私が開放されるのは、この忌々しい化け物が私の肉体に完全に満足し終え、私の体に突き立てた性器が萎え、ぬき去られるときまで訪れはしない。しかも、そうなってすら重い糊のような精液は私のからだの中にたまり、不快感は完全には拭われぬ。じわじわと心を蝕む、屈辱をうわまわる不安とやるせなさ。
だが、今、心が折れてしまえば、結局私はこの境遇が相応しい女に堕してしまう。二度とあんな思いをしないためにも、心だけは、決して誰にも踏みにじらせない。

そう決意し、私は、毅然と獣を睨み付けた。こんな化け物に私の意志を感じることなどできまい。
自慰行為にも等しい、空しい抵抗でしかなかったが、化け物に、自分は屈服などしていないということを知らしめるためよりもむしろ、自分自身にその意志を明確に形作るため、自分の中の炎を消されぬため、誇りと憎悪の剣を、心に構えた。

と、化け物が鼻面に皺を刻み、牙を剥いて私に応える。

私の意思がわかったとでもいうのか、獣は低いうなりをあげながら、私を挑発するようにその長く、粘つく舌でわたしの頬を舐め上げる。決して親愛の情ではありえない、獣の本能を越えたあざけり。
この獣は、明らかに人の心....それももっとも忌むべき意味での、人の加虐的な心を持ち合わせているのは明らかだった。普通の獣は、意味もなく獲物をいたぶることはしない。おのれの楽しみのために、他者をいたぶるのは、ただ、人だけが行なう行為だ。

身動き一つできぬまま、私は、ただ化け物が私を嬲るに任せるしかなかった。

私の頬をなめまわしていた舌が、糸を引きながら耳と、そして首筋を這いずり回る。肌の粟立つような悪寒に、必死に首をねじって逃れようとするが、無論それもかなわず、私は、瞬く間に顔の片側を唾液まみれにされ、眉根を寄せて、じっとその責め苦に堪え忍んだ。獣の舌は、やがてゆっくりと首筋をくだり、そしてまったくの身動きもかなわぬ、大きく反った姿勢を強要された、胸の上のやわらかな乳房へと至る。猫がネズミをいたぶるような執拗さで、その半球と、その上の乳首を、獣が嘗め回す。そのたびに粘っこい唾液が糸を引き、微細な刺激をそこにもたらす。胃の腑を、刃引きの鈍いナイフで突かれるような、じくじくとした、わずかずつ肉体を侵略される不快感に私は眉根を寄せて顔をしかめた。

丹念に嘗め回され、獣のねっとりとした唾液でコーティングされた白い乳房がまるで蛞蝓の軌跡のように銀色にてかる。じりじりと燃えるたいまつの炎が刻む朱と闇のコントラストが不気味に照りかえり、それが到底見慣れた自分の肉体の一部には思われず、私は沸き上がる不安感を押さえ切れず、小さくうめきをもらした。

もう一度、魔獣は、長く、肉厚のその舌で、私の乳首を執拗に転がす。

ちりちりと胃の焼けるようなその感覚に、泣き出したいような、失禁してしまいそうな、そんななんともいいようのない感覚に知らず、啜り泣きの声を上げたその時、魔獣の鋭い牙が容赦なく乳房に食いつき、肉をうがった。

じわじわとした感覚から一転した激痛に、溜まらず、悲鳴を上げそうになる。だが、身動き一つままならぬ境遇での、慰みもののごとき扱いに対する反発、惰弱な、苦痛に屈することへの恥辱に、歯を食いしばり、必死で声を押さえる。

激痛に、早鐘のように胸が脈打ち、脂汗が滝のように流れ落ちる。

身動きを封じられた体が、しかし、陸にあげられた魚のようにびくびくと痙攣する。

そして、激痛に見開かれた瞳から、垂れ流すかのようにほとばしる涙も、悔しいかな堪えようがない。
だが、無論、声を上げてすすり泣くことの無駄はわかっているし、第一、精いっぱいの抵抗としても、我が誇りが許さない。おそらく、私の口を縛める、リング状の轡がなければ、恐らくはがちがちと、歯の根が無様に音をたてていたことだろう。それが唯一の救いといえば救いであろうか。だが無論、だからといって、この轡に感謝の気持ちを微塵でも感じたというわけではないが。

身動きできぬ私の、突き出した乳房に牙を立てたまま、その鼻面に、威圧的な皺を刻み、獣とはおもえぬ、皮肉と嘲笑を含んだ横目で、魔物が笑いかける。

そして、大型の爬虫類が獲物を飲み込む、強引な咀嚼にも似た大雑把さで、二度、三度と、乳房に歯を立て、嘗め回す。

そのたびに、激痛が全身を貫く。

汗が吹き出し、涙がほとばしり、心臓がはちきれそうに脈打つ。

二度、三度と、貫かれ、引き裂かれ、傷だらけになった乳房の上からさらに加えられる蹂躪に、既に誇りも、プライドもなく、私は声を上げて泣き叫んでしまった。悔しかった。何の意味もない懇願でしかない、悲鳴を上げる自分が恨めしかった。だが、声を上げたからといって、痛みが減るわけでもないというのに、私は、悲鳴を上げてもがかざるをえなかったのだ。

そして、ついに失禁した。

膣口からは粘液が滴り、そして、勢いよく、潮を吹き出す。

身動きできぬ体が、縛られた手足が、動く範囲で限界まで、断末魔の痙攣にも似たダンスを踊る。
びくん、びくんと、激しく、そして徐々に力を失う獣のように。

かろうじて原形を止めてはいるが、それでも半球状に盛り上げた挽肉の山のような乳房から牙を外し、獣が、もう一方の乳房と、乳首に舌を走らせる。

刹那。

私の体が自由なら、言葉が話せたなら、私は衝動的に土下座し、あらゆる媚態を持って、許しを懇願したいという衝動に駆られた。誇りも尊厳も何もなく、ただ、そこにある恐怖と、不可避の、想像を絶する激痛から逃れ得るために。

だが、現実に私には、誇りを捨てて許しを請う自由すら残されてはいなかった。ならば、その誇りと、尊厳にすがり、精いっぱいの強がりを続けるしかないのではないか。

自分は、天界の盟主、大神オーディンの娘であり、神軍軍天使二万を束ねる神子姫将軍、黄金の髪と純白の翼を持つ、「偉大なる乙女」ライラ・ラグナスヒルド。戦神テュールと、最も高貴なる神フレイを除いては、最も優れた天上の剣士であり、神軍最高のヴァルキュリアと謳われた女だ。

こんな所で、卑しい獣風情に屈するわけには、いかぬ。

断じて、そんなことは、許されない。

私は、自分自身にそう言い聞かせ、必死に、その恐怖に堪え忍んだ。

魔犬のあぎとが、無事な方の乳房を、軽く噛み続ける。だらだらとよだれをこぼしながら、歯を立て、舌をはわせる。

いつでも、深深と牙を突き立てられるのだぞといわんばかりのアピールに、一噛み、一舐めごとに、私の中の、弱い心の中で、恐怖心が大きくなる。

だが、縛められたいまの自分に、唯一自由になるのがこの心だ。これだけは、決して譲れない。

私は、精いっぱいの勇気を振り絞り、その恐怖に耐えた。

緩慢な疼痛と舌の刺激に、次第に心が蝕まれるような気がする。

轡で押し開かれたままの口から、唾液が滴り落ちる。

意識せず、目から涙があふれ、顔を伝って零れ落ちる。

そして、膣口から染み出した粘液が縛められた太股を流れ落ちる。

そんな垂れ流しの体液を肌で感じるたび、無性に、余計に惨めな気分になる。

その時、犬が笑った。

鋭い牙が白い乳房に突き立てられる。

再び、肉を引き裂く激痛が脊髄を焼く。

「あがぁぁぁぁぁぁ!」

溜まらず、喉から絶叫がほとばしる。

だが、今度は、その一度限りであった。

ずきずきと疼痛を生む、犬歯に穿たれ、紫色に変色した、おぞましい乳房を、今度は舌で舐めまわし、滲み出す血を拭う。

早鐘のように高鳴る心臓。

胸が止まりそうな激痛も、次第に、少しは和らいでくる。

顔を朱に染め、動かせぬ肩をわずかながらも上下させ、私は息をついた。

そうして、ようやく、息もおさまったころ、その乳房に、二度目の牙が突き立てられる。

「ぎゃぁぁぁぁっ!」

痛い、痛い、痛い!

溜まらず、泣き叫びそうになる。

先ほどの間断無き責めとはうってかわって、十分に痛みを味わう間と、泣き叫ぶ間を与える、余裕を持った責め。最初の責めより、はるかに痛みは少なかったが、しかし、代わりに長く、何より、最初の痛みを味合わされたこの身には、恐ろしく、耐え難い責めであった。巧妙な拷問吏のような、獣のからだと人のこころをもった魔獣の責め。だが、それでいて余計にたちは悪かった。この拷問は行為それ自体が目的であり、強要される自白も、要求されることがらもなにもないのだから。

鋭い牙と力強い顎に、ぐずぐずに破壊された、かろうじて半球の形を保つ挽肉のような乳房の傷が、わたしのなかに寄生する蟲どもの魔力で、じわじわともとの美しい、滑らかな肌が再生されていく。
目の前で、その様を見せ付けられた私は、もはや笑うしかないような不条理さを感じ、さいなまれていた。

これから、自分はいったいどうなってしまうのであろうか?

ゆっくりと、傷のふさがってゆく乳房。

その柔肌を、再び魔獣がいとおしそうに、それでいて嬲るように嘗め回す。

だが、その行為の真意は、恐らく、再び牙を立てるためのデモンストレーション。それがわかっているからこそ、私はその仕打ちに涙すら浮かべて、おびえてしまう。

正直言って、もちろん、恐い。

恐くて恐くて、泣き出してしまいたい。

恐怖におびえて、泣き出す自分と、誇り高く、決して屈したくないと毅然と振る舞う自分と、自分の中の二人の自分がせめぎあう。だが、どちらにもなりきれない。そんな自分が、無性に辛かった。

すっかり傷のふさがった乳房を、再び魔犬が引き裂く。

そして、今度は乳房といわず、腹といわず、首から下の全身を、魔犬の牙が見る間になますにしていく。

肩も、腿も、腕も、性器も。

魔犬の牙は、まるで子どもが虫の肢をもぐかのように無造作に、それでいてそのうちに楽しげな歓喜を含ませて私の体をなますにしていく。

その、あまりの激痛に、またも私の全身の体液がふきこぼれ、垂れ流しになる。全身を赤い血が伝い流れ、膣からは粘液がマグマのように吹き出し、小水が勢いよく放物線を描く。死すらも自覚させられ、意識が遠のきそうになる。だが、蟲どもの魔力がそれを許さない。

まさに、永劫の地獄であった。

いっそ死んでしまえたら、どんなに楽であったろうか。

瀕死の肉塊にすぎない私の、ずたずたに破壊された膣と肛門に、またもや魔獣の性器が突き立てられる。

「あががあああああああああああああああああっ!」

喉が裂けるほどの絶叫。脳が焼き切れるほどの激痛。何も考えられない。ただ、質量を持った苦痛に押しつぶされるかの錯覚。なますと化した膣と、簾のように破壊された肛門。そこを肉の凶器で押し開かれ、かき回され、擦り取られる激痛。内臓に直接やすりをかけられたかの感覚。

「痛い....痛いよぉ。....お腹、痛いよぉ....」

誰に助けを求めるでもない、寂しい、独り言を呟いている自分。

血の汗、血の涙、血の小水を噴きこぼしそうな陵辱の中、再び、捨て鉢な逃避を決め込もうとしている自分に気付く。

断じて、それだけは認めない!

もう二度と、あんな屈辱は味わいたくない。

たとえどのような境遇に落ちようとも、心と魂だけは、断じてなにものにも汚させはしない!

そう決意しつつ、自分は戦ってはいないではないか。

そのことに気付いたとき、自分でも、自分が不敵に、微笑んでいることに気付いた。そうだ。自分は、なんの足掻きも見せていないではないか。

「うああああああああああああああああああっ!」

手枷に囚われた、細い、血まみれの腕に力を込める。

細い手首から太さを増す掌。親指の付け根が枷にこすれ、複雑に絡み合った骨が軋む。

だが、たとえ手がつぶれ、骨が砕けようと、今の自分にはさしたる傷ではないではないか。
肉の削げる痛みも、骨のひしゃげる苦痛も、いまさら、なんの辛さも感じさせはしない。もう、なにも恐くはなかった。

そして、ついに手枷から一方の腕を引きぬく。

ずるずるに肉の削げたその手を酷使し、もう一方の手枷を、手探りで外す。そして、首輪と、轡。

「はははっ」

牙の跡も生々しい、しなやかな腹筋に力を込め、上体を起こす。両足を縛める足枷を外し、私は、ついに自由を取り戻した。

「よくも、散々、嬲りものにしてくれたな」

きゅう、と、口の端に笑みが浮かぶ。そう。今の私には笑うしか、今の状況を受け入れるすべは残されていないのだから。

なますのようにぼろぼろの肉体を柱に預け、疲れきった中にも力と、意思を秘めた目を眼前の化け物に向ける。

「どうする? 礼をするべきかな? 私は」

ゆっくり、じわじわと、蟲どもの魔力で傷がふさがっていく。ここにきて、はじめてやつらが私の役に立ったようだ。

二、三度、深呼吸を繰り返し、全身に気を巡らせる。

胃がしくしくするような、体が戦闘状態を迎えるストレスが、しびれ、こわばった全身を震わせ、血を熱くする。

全身にべったりとまとわりつく、汚物に濡れた不快なドレスを脱ぎ捨て、シルクのブーツと手袋だけの姿になった私は、油断なく、魔獣を眼中に捉えながら、今まで、私を磔にしていた梁に腰を下ろし、悠然と足を組んだ。

「ん? どうだ? なんとか、言ってみろよ」

悠然として、それでいて隙のない私の仕種に、魔犬が低くうなりをあげて威嚇する。この狭い小屋は無論、機動力をもってする私には不便極まりないが、それでも、やつの巨体を考えれば、まだしもましな悪条件だ。熊のごとき巨体を持とうと、やつはあくまで犬だ。その本来の武器は、牙でも、ましてや爪でもない。その足と、ばね。そう。私と同じく、機動力のはずだ。

高ぶる心に、私の背の翼が、ゆっくりともたげられる。

獣じみた、というか、野生の鳥類の威嚇にも似たその仕種は、半ば無意識の行為。だが、口の端に浮かべた笑みは、明らかに意識してのものだ。

剣が、欲しかった。

正直、素手でこの化け物を仕留める有効打を、こいつに食らわせてやる自信はない。

なればこそ、こちらからは仕掛けられない緊張感。

だが、やつにとっては狭いこの小屋、壁も柱も、動き出しさえすれば、すべてが武器になる。

不意に、やつが動いた。

助走も何もない、首だけの噛み付き。だが、たとえ頭が3つもあろうと、所詮はそう長くない犬の首だ。しっかりと見てさえいれば、躱すのはたやすい。

跳ねた私の腰のあった梁を、魔獣の顎が噛み砕く。有翼種の軽量を生かした跳躍で、獣の頭を越え、背後に回り込む。左右の首が瞬時に巡り、私の姿を捉える。が、その巨体をもあわせて反転させるには、この小屋はいささか、やつには狭すぎる。ようやく奴が体をこちらに向けたときには、私の体は既に、小屋の出入りの扉の前へと陣取っていた。

そして、扉のすぐ隣には、この小屋に敷き詰められた藁をならすための、フォーク。私はすかさずそれを手に、獣の突進に備えた。

いままで、散々私を嬲りものにしてきたその顎。だが、その武器は同時に急所をさらす諸刃の剣。
おびえず、その機会を見極め、鋭く、カウンターの突きを繰り出す。フォークの穂先は巧みに真ん中の頭の上顎を貫き、獣は自らの突進力と、その自重でフォークの穂先を脳まで食らい込む。

重い。

疲労した、今の体力を考えずとも、私の力で、支えきれる体重ではない。

だが、既に王手だ。

即製の槍の柄に支えられた、今度は奴が磔になる番だ。

柄の尻は、床と壁の角に押さえつけられ、中央の首を槍に取られた魔獣の、残りの二つの首ががちがちと顎をならすそうと、柄の長さの分、その隅に腰を下ろした私のところまで、その顎が届くことはない。

あとは、ゆっくりと、この化け物が力を失うまで待てば良いのだ。

がちがちと、化け物が悔しげに顎をならす。

だが、ぎりぎりのところでその顎は、私の体まで届きはしない。

私が今まで味合わされた悔しさ、もどかしさ。その千分の一でも、味わうがいい。私は、その獣の断末魔の痙攣を、薄笑いすら浮かべて、じっと見詰めていた。 私の槍に上顎を貫かれ、腹を見せて足掻く獣。

引きつった表情が、笑っているようにも見える。

既に中央の首はだらりと力を失い、濁った目は虚空を見やったまま、ぎょろりとも動かない。
残る左右の首は、しかし、依然硬質のゴムのような腱を首の根に浮かせ、限界までその鼻先を突きつけようと力を込める。

泡を吹き、よだれを垂れ流し、醜怪な紫に腫れ上がった舌と、凶悪な乱杭歯を私の眼前に突き出す。
だが、既にその表情は威嚇ではなく、一切の余裕の欠落した、必死の形相でしかない。

必死の、狂気を含んだ、驚くほど人に似た表情を浮かべ、歯を噛み鳴らせ、驚くほど人に似た妄執を示しながら、魔犬は最後の痙攣を示した。

否。

息も絶え絶えと見えた魔犬の巨体が最後の力を振り絞り、四尖の槍を己が頭蓋にめりこませ、くだけるままに力を込める。自重に頼った、自己破壊的な侵略。無防備に晒された腹の下、凶悪な肉の槍が、再び、ゆっくり鎌首を起こす。

てらてらと肉色に照り返り、無色の粘液を先走らせる、醜悪な器官。

幾度となく、うなづくように痙攣し、首をもたげたそれが、ぎりぎりの間合いで、私の胸を撫でる。嫌悪とおぞましさに身の毛もよだつ気がするが、だが、今、この得物を手放す訳にはいかない。熱いその肉の槍に乳房の尖端を撫でられながらも、私は、化け物から目を放さず、唯一の武器を支える両腕に力を込めた。

泡を吹く、魔犬の首がゆっくりと、その熱い息が髪にかかる距離まで、首を伸ばしてくる。
それに応じて、腹からのびる3本の性器が、私の柔らかい乳房にその尖端を埋め、こねくり、突き回す。

先走りの粘液が、ぬるぬると乳房にまといつき、てらてらと卑猥な円を描く。

もう、我慢ならん。

獣の体重を、一本の槍で支え、固定するため、たわめられ、力を込めた両の腿にさらに力を加え、全身の力を振り絞って、化け物を押し返す。四本の穂先が魔犬の脳髄を抉り、その熊にも似た巨体が痙攣をくり返し、そして、反り返った性器から、勢い良く、熱い、汚物がぶちまけられた。私の、胸と言わず、顔と言わず。

不意に半顔に熱い粘液をかけられ、視界が奪われる。反射的に閉じた目を、無理矢理開き、魔犬の反撃に備える。右目は魔犬を捉える。が、左の視界は、一面の、白い闇。目から頬、そして顎へと、ゆっくり滴る汚物の不快感。だが、今この槍から手を離すことはできない。胸にも、粘度の高い、白い汚物がへばりつき、ことさらゆっくりと肌を流れる。いち早くこの汚物をぬぐい去りたい。

いや、ゆっくり、水あみがしたいな。

我ながらのんびりした考えに、口元が再び、無理矢理笑みを形作る。あれほどの汚辱を与えてくれた仇敵の今際に、こんな考えが浮かぶとは。ある意味、これも一種の逃避であろうか。軽く腰をたわませて、重い槍で化け物の体を押し上げ、そして、ついには得物をひねって魔犬を床に打ち倒す。
同時に、全体重を込めて、得物の穂先で魔犬の頭蓋を床に縫い付ける。

「ははっ!」

身動きの封じられた化け物を前に、勝ち誇った笑みを浮かべ、手の甲で目と胸を拭う。べったりと髪にまとわりつく粘液も不快ではあったが、さりとてこれは拭って拭い取れるものではない。べたべたと顔にへばりつく髪を手櫛で掻きあげ、怒りと興奮に上下する肩と胸をゆっくり落ち着かせる。
そして、床に縫いとめられ、必死に足掻く化け物にゆっくりと近づき、悠然とその姿を見下し、笑みを浮かべた。

「これで、ようやく立場が逆転だな。身動きもできぬままに凌辱される気分を、少しは味わってみるか?」

魔犬の、縫いとめられた頭の前で、体をかがめ、私は、ぞっとするほど優しく、奴の耳元にささやきかける。そして、その砕けた頭蓋に指をはわせると、慈しむかのようにそっと、その傷口と、むき出しの脳髄に指を這わせた。

魔犬の肉体が、びくん、と痙攣する。

苦痛や、感覚を越えた凌辱に対する、一切の意思すら介在しない肉の痙攣。

私が、散々、奴にされてきたことだ。

「ん? どうだ? 気持ちいいか? 遠慮するな。せめてもの気持ちだ」

ぐちゅぐちゅと、しなやかな二本の指でその脳髄を愛撫する。そして、その指を、一気に脳髄の付け根、3本の首の付け根の部分まで、ねじり込ませる。頚椎骨が腕を掻きむしり、肌を裂く。だが、復讐の甘美さにほろ酔う今の私に、その程度の痛みはなんの意味も持たなかった。

刃と化した指が魔獣の肉を蹂躪し、脊髄から、3つの首の連なる、延髄の根元に届く。ぬるりとした血にまみれた、その急所のケーブルを鷲掴み、そして狂ったような嬌笑とともに引き千切り、掻き出し、抉り取る。もはやぴくりとも動かぬ魔獣を見下ろし、私は、血まみれの手を見つめながら、低く笑い続けていた。

魔獣の死骸を前に、床に腰を下ろし、時々思い出したように笑い声を上げながら、私は、しばらくそうやって、心と体が落ち着くまで、ひとしきりの休憩の時を過ごした。そしてようやく手先の震えるような、内臓の焼けるような衝動の火が収まってくるにつれて、次に自分のなすべきことに目を向ける気が起きてきた。

なんにせよ、まずは水あみだ。

こうも返り血と汚物にまみれた姿では、不快極まりない。確か、村の中ほどに、井戸があったはずだ。
あの井戸で、汚れを落とそう。

そう決心した私は、小屋の戸を開け、翼を伸ばして、井戸へと向かった。

外は、まだ、夜明け前の闇をたたえていた。

村には、まだなんの人影もない。

私は、その濃紺の闇の中、音もなく井戸に舞い下りると、何の遠慮も、警戒もなく、ポンプに手をかけ、手桶に水を注いだ。

冷たい水だ。だが、今の私の心情には、この、肌を刺すような冷たさが心地よい。

その水を、頭から一気に被る。

無論、こびりついた汚れは、一度の水あみで落としきれるものではない。

二度、三度と肌を刺す冷水をかぶり、こびりついた汚れを手でこすり、洗い流す。肌を刺す冷たさ。
その心地よさに、体だけでなく、心の汚れも洗い落とせそうな気すらした。

濡れた髪を手櫛で梳き、翼を震わせ、汚れを振り切るように、水滴を宙に舞わせる。月光に煌めく水滴が、一瞬、私をうっとりとさせる。どうやら、私はまだ、美しいものを美しいと感じるだけの余裕は持ち合わせているらしい。

最後にもう一度、冷水を頭から被り、大きく溜息をつく。激しい舞いを舞うように、髪と翼の水滴を払い除け、そして、ゆっくりと背後を振り向く。

そこにいたのは、一人の男。私をこの村に連行してきた、狩人の一人。

その男に、私はしかし、その裸身を隠すでもなく、鋭く、一瞥をくれてやった。

男は、まるで放心したかのように軽く口を開け、こちらをジッと見つめている。

「...どうした。手拭いのひとつでも貸してくれる気になったか?」

水が滴り、鼻梁や頬に貼り付いた髪の隙間から、かつてないほど挑発的な意志の炎を宿した瞳が、男を見据える。

「どうかしていたぜ...こんなに美しい女を、あんな化け物にくれちまったなんてな...」

男の口から、嘆息にも似たつぶやきがこぼれる。

「フン...誉めても何も出んぞ。それより、私の剣を知らんか? この村まで、誰かが持ち帰ったのは覚えているのだ。あれがないと、お前たちに礼ができんからな」

まさに猫を撫でるといった優しい声で、しかし、相変わらず私は、挑戦的かつ攻撃的な台詞を、眼前の男に投げ掛けた。

「...こう言っては失礼だが...まるで、昨日までのあんたとは別人のようだな...」

わたしの言葉を真っ向から受け止め、男が答える。

どう言う意味だ? いや、さもありなん。昨日までの私は、立て続けの責め苦に、完全に押しつぶされた哀れな小娘に過ぎなかったから....。この理不尽に抵抗する意志が、私を、変えたのかもしれない。

「...下らんことを言っておらずに、私の問いに答えてもらえんか? ん?」

油断なく、男から目を離さずに、私は続けた。傲慢なまでに尊大な、支配する側の人間に特有の、当然なまでの威圧感を放ちながら。

と、突然、男はその場にひざまづいた。

地に額を擦り付け、そして卑屈な笑みを浮かべながら、上目遣いにこちらを見上げる。放心したかの弛んだ口元に嫌らしい笑みを浮かべ、目にぎらぎらした欲望の光を灯しながら、男は、口を開いた。

「あんた...綺麗だよ。本当に。...これが、天界の、女なのか...」

「私の問いに答えろといっているのだ!」

しかし、あいもかわらずの男の惚けた言葉に、私はつい声を荒げる。

「あんたの剣なら、おれたちの頭目が押さえてるよ。頭の館なら、俺が案内してやれる。

その代わり、一つ、頼みを聞いてもらえないかなぁ」

土下座をしたまま、卑屈で、下卑た笑いを浮かべた男が、私の裸身を舐めるように見上げる。
その卑屈な態度に、私は露骨に、嫌悪の情をかくそうともせず、足元の男を睨み付けた。

「なんだ、命乞いか? それとも、私の身体が欲しいとでも言うのか?」

眉を顰め、それでも口の端に作り物の冷笑を浮かべ、私は問うた。

「とんでもない。そんな、恐れ多いことは望みはしねぇよ。ただ、俺の、女神様になって欲しいんだ。
あんたが俺を殺すってんなら、いつ殺したっていいからよ。な。俺の、女王様によ」

土下座の格好のまま、足元にすり寄り、男は、私の爪先を両の手で包むと、そこに頬擦りをしながら、そう囁きかけてきた。刹那、まさに虫酸が走るといった不快感に、背筋をぞくりとさせた私であったが、反射的に男の顔を蹴り上げようと動きかけた足を自制し、瞬間的に考えをまとめる。だが、男はその一瞬の動きに、慌ててその手を足から離し、すこし離れた足元に、再び額づき、不動の姿勢を取る。

私の脳裡で、とく、考えがまとめられる。なんにせよ、ガイドは必要だ。全裸の姿で村を闊歩するわけにもいかないし、第一、裸の女が村の館を一件一件訪ねてまわるなど、滑稽すぎて話にもならない。
まずは、利用できる間は、あるいはこの男が裏切るまでは、部下においてやっても支障はないだろう。

黄金の髪、白磁の肌に透き通った水を滴らせ、私は静かに、言葉もなく眼前にひれ伏す男を見下ろした。

その視界の中心、私の、爪先のすぐ先の地面に額をこすり付ける男は、一見、私をからかっているかにも見えたが、その実、心の底から、私に心酔しているかにも見えた。それが、自由になった、つまり、本来の私の力を見ぬいての、早速の降伏であるにしろ、隙を突いて、私を取り押さえるための罠にしろ、あるいは、本当に私に惚れ込んでの心酔であるにせよ、いま、この場でその心の奥底までを見極め、見抜くすべは、私にはない。さりとて、いまならこの頭蓋を踏み砕き、一撃の下に絶命させうることも可能なこの無防備な姿に、何も今殺す必要を感じないのも事実であり、少なくとも、この村にいる間は、この男の知識が多少の役に立たんでもないのもまた、事実であった。

「わかった。手ぬぐいと、着替えを調達できるか?」

ポンプを取り付けた井戸のふたに腰を下ろし、悠然と足を組むと、私は、眼前に額づくこの男を、早速試すべく、静かに、そう命じた。

「わかりやした。お、俺の女神様」

私の言葉を、要求の受け入れととったのか、男は、顔を上げると、卑屈な、嫌らしい笑みを浮かべ、初めて土下座の姿勢をといた。無論、男が助っ人を連れて戻ってこないという保証もないので、私は、長い拘束にこわばった翼を大きく開き、二度、三度と軽くはばたかせ、調子を確かめる。コンディションは悪くはない。これなら、最悪の場合でも、いつでも離脱はできるだろう。すべての準備が整い、とりあえずは待ちの状態だ。が、こうなると、心の昂ぶりも少し落ち着き、全裸のわが身が、少し気になってくる。

「早く、着るものを持ってきてくれんと、辛いのだがな....」

男が立って、まだ2分と経たんうちから、私もついぼやきをもらしてしまう。

人通りのない早朝とはいえ、やはり、誰かに見られては、という思いも首をもたげる。もぞもぞと、半開きにした翼で、包むように身体を隠す。それ以前に、井戸の真ん前などという要所に、ハダカで立っているのが間違いなのだという自覚もあるのだが、さりとてこそこそするのもいささか気に食わない。しばらくもじもじと考えた挙げ句、結局、すぐ近くの路地の陰に姿を隠し、男の帰りを待つことにした。

それからほどなくして、男が何やら荷物を持って舞い戻ってきた。手ぬぐいなどはそろそろ、用もないほどに身体の方は乾きはじめていたが、さりとて、わたしの、長く、いささかくせのある髪にはまだ用もあり、路地から姿を見せると、早速、手ぬぐいを受け取り、髪をしたたる水を、拭い取る。

髪を手ぬぐいで包み、水を拭い、肌に残る水滴を首から、順に拭き取る。視界の隅の男は、そのさまを文字どおり魅せられたかのように見つめ続ける。無論、良い気分はしなかったが、逆にこちらが男のことを意識してると取られるのも、今後の互いの立場に影響を与える。
だから、あえて私はこの男を、私の侍女侍従たちと同じく、そういった感情を排除して見ることにした。

すっかり体も乾き、この世界に来てから、初めての、さっぱりした気分に、さすがに少し、気も晴れてくる。私は、いつもしたように自然な動作で手ぬぐいを男に投げ渡すと、今度は、無言で着替えを手渡すように、手を差し伸べる。

男が、恭しく差し出した着替えは、簡素な一枚布の貫頭衣だった。衣服とはいっても、中央に首の穴があることを考えれば、丈も膝まで、幅にいたっては肩幅とほぼ変わらぬ代物だ。

一瞬、眉をひそめ、それでも気にせずに、頭からかぶり、帯を縛る。案の定身体の側面は肩から腋、腿まで、帯で縛った腰以外はちらちらと肌が覗くはめにはなるが、それでも、裸よりは断然ましだ。それに、なまじしっかりした衣服だと、とっさのときに翼が出せず、困ったことになる可能性も大だ。それに、羞恥心は、いわば弱みだ。できるだけ、弱みを他人に見せるのは、避けていきたい。

「それと、おみ足を」

男が、履き物代わりの柔らかい革の帯を懐から取り出し、私の前に膝をつく。取りたてて害意は見られぬのと、さすがにサイズのあった履き物を調達することへの無理も考え、私は黙って男の方に足を差し伸ばす。その足を、恭しく手に取ると、男は、巧みに履き物代わりの革の帯を巻き付ける。

左右の足を、簡易の履き物で包み、最後に、男は私に、フードのついたローブと、一本の短剣を手渡す。いかなる獣の革が巻き付けられているのか、ぬるりとして、それでいて手に張り付くような握りの、簡素だが、頑丈な造りの狩猟用のものらしき短剣。このささやかな気遣いに少し気を良くした私は、かすかな微笑を浮かべてそれを受け取った。

「貴様、意外と気が利くな」

私の、淡々とした礼に、男が土下座して答える。

「もったいねぇお言葉を」

土下座の格好のまま、首だけもたげて、男がにやりと笑う。

何を考えているのか、得体の知れんヤツだが、とりあえずは手許に置いておこう。そう決心した私は、男をかたわらに従え、次の段階....復讐へ進みでようと、首をもたげ、軽く、唇を引き締めた。

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