部活の罰で生尻を晒すJC

中学二年生男子の目撃談

 女子のお尻叩きを目撃したのは夏休みでした。当時中学二年。時刻はあまりハッキリと覚えていませんが、糞暑かった記憶があるので、たぶん午後の1時か2時くらいだったと思います。
 僕は卓球部でした。体育館の一階で練習していましたが、そんなに厳しい部ではないので、ちょくちょく抜け出して水を飲みに行ってました。
 その時も、練習が始まってしばらくしたら、友達とふたりでこっそり廊下に出て、二階のトイレに向かいました。トイレの水道でいつも喉を潤していたのです。
 しかしその日は飲むことができませんでした。階段を上がってすぐの廊下に、女子バレー部員がずらりと整列していたのです。部員全員だったと思います。40人近くは居たでしょう。彼女たちは壁を向いて横一列に立っていました。
 おかげで僕たちの存在は気付かれていませんでした。まあ、ひょっとしたら気配くらいは感じていたかもしれません。いずれにしろ、罰で立たされていた彼女たちに、振り向くことなんて許されていなかったでしょう。
 女子バレー部は、前日の試合で格下相手に負けてしまったそうです。監督は怒り狂って彼女たちをしごき抜き、さらに翌日であるその日も、また何か気に入らないことがあったらしく、こうして壁際に立たせていたのでした。
 夏の大会に負けたのだから、三年生はもう引退のはずですけれど、しかし監督は、そんなこととは関係なく、三年生も下級生と一緒にしごき、そして壁際に立たせていました。彼女たちは、引退した後も大学や実業団への推薦で、監督のご機嫌を窺わねばならない立場にあり、決して逆らうことはできないのです。
 監督は、しがない中年の女教師ですが、バレー部の中では絶対的な王様でした。

 壁際に横一列で並んでいた女子バレー部員たち約40人は、みんなブルマ姿でしたけれど、僕たちが目撃した直後には、監督の手によりブルマとパンツを次々に下ろされていきました。生尻が丸出しです。
 異様な光景でしたが、誰ひとり抵抗することなく、身じろぎひとつしていなかったことから、彼女たちによってはあれが初めてではないことが分かりました。
 僕と一緒に居た友達は、僕の袖を引っ張り、一階に戻ろうとジェスチャーしました。見付かったら怒られると思ったのでしょう。階段に身を隠しながら覗くことは容易でしたが、やはり万が一を考えると、気が気ではありません。
 その点は僕も同意でした。しかし、クラスメイトの柏崎綾女がブルマとパンツを脱がされるまでは、決して戻ることができませんでした。いつ見付かるかと心臓バクバクでしたけれど、クラス一可愛い柏崎の生尻を見る機会なんて、絶対にこれっきりだと思い、勇気を出してその場に踏み留まったのです。
 僕が動かないと悟った友人も、階段から頭だけを出して、尻行列を眺めていました。

 監督は、苛々した様子でブルマとパンツを脱がしていました。一気に膝まで引き摺り下ろすのですが、それだけなら大して力を入れなくても出来るだろうに、まるで破り捨てるつもりであるかのように乱暴な脱がし方をしていました。
 一度、手がずれて脱がすのに失敗した時、監督はぶち切れて「動くなって言ったでしょ!」と怒鳴りながら、ブルマ半脱ぎになっている部員の尻に強烈な平手打ちを食らわせました。お尻叩きを受けたその部員はもちろん動いていないし、そんなことは本人も監督も分かっているでしょうに、その女子部員は「はい! すみません!」と大声で謝っていました。ブルマとパンツを完全に脱がされると、彼女の尻は中途半端に部分的な掌の跡が赤く残っていました。
スパンキング小説
 美少女の尻であろうと不細工の尻であろうと監督には何の関係もありません。無造作にブルマとパンツを一緒に下ろしては、隣に移動して、また生尻を晒していきます。
 真ん中辺りで立っていた柏崎綾女も、前の不細工女と全く同じ扱いを受け、あっさりと脱がされて尻を丸出しにされました。
 後ろ姿しか見えなかったので、彼女がどんな顔をしていたのかは分かりません。
 その後、監督は40個近くの生尻を順に平手打ちしました。スパンキングです。痛みでちょっとでも動いたらやり直しです。
 柏崎綾女の時にやり直しにならないかと期待していましたが、残念ながらそうはなりませんでした。けれど、叩かれて波打った尻たぶは見れましたし、「ありがとうございます!」と屈辱的なお礼を言わされる震え声も聞こえました。
 一ヶ月くらいはスパンキングの光景が僕のオカズになりました。高校を卒業して、大学生になった今でも、たまに思い出オナニーに耽ったりもします。

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